「第24回チャレンジ賞・サフラン賞受賞者の声」②
「知っていますかロービジョン」の番組担当の塚本です。本日はサフラン賞受賞者の菅田利佳さんが、月刊誌「視覚障害10月号」に寄稿した内容を紹介します。
菅田さんは小中学校は盲学校に通いましたが、クラスは一人きりのクラスで、あまり友達は多くはなかったということです。ピアノを習い始めたのは5歳の時。先生は菅田さんが楽譜に書かれた事を全て理解できるように、指使いや強弱、様々な記号を読み上げた音源を作成してくれました。やがて、点字楽譜も習得し、より深く音楽と向き合えるようになり、この頃から世界で活躍する演奏家への憧れや国際交流への関心が芽生え始めます。
高校は盲学校ではなく、国際交流科のある和歌山県立星林高校に進み、2年生の夏に南フランスのニースで行われた音楽アカデミーに参加しました。こうした高校での勉強を踏まえて、菅田さんは、国際的な教育への関心と音楽の道を両立できる場所として、大学は東京大学教育学部へ推薦で入学します。
大学では、「東京大学UNiTe」という学生団体に参加し、文化芸術を通じて、国連と世界の若者を結ぶ活動を展開しました。
現在は、外資系金融機関に勤務するかたわら、各地でコンサート活動を続けています。
菅田さんは自らの視覚障害とどのように向き合ってきたのでしょうか。菅田さんは、以下のような言葉で今回のサフラン賞受賞の喜びの声を締めくくっています。
「私は自身の視覚障害を特殊なものとは考えていません。視覚障害という一つの側面があったからこそ、かけがえのない出会いが生まれ、夢を追う経験を積むことが出来ました。視覚障害のみで私を語ることは出来ませんが、自身を形作る大切なピースの一つととらえています。」
「知っていますかロービジョン」の番組担当の塚本です。本日はサフラン賞受賞者の菅田利佳さんが、月刊誌「視覚障害10月号」に寄稿した内容を紹介します。
菅田さんは小中学校は盲学校に通いましたが、クラスは一人きりのクラスで、あまり友達は多くはなかったということです。ピアノを習い始めたのは5歳の時。先生は菅田さんが楽譜に書かれた事を全て理解できるように、指使いや強弱、様々な記号を読み上げた音源を作成してくれました。やがて、点字楽譜も習得し、より深く音楽と向き合えるようになり、この頃から世界で活躍する演奏家への憧れや国際交流への関心が芽生え始めます。
高校は盲学校ではなく、国際交流科のある和歌山県立星林高校に進み、2年生の夏に南フランスのニースで行われた音楽アカデミーに参加しました。こうした高校での勉強を踏まえて、菅田さんは、国際的な教育への関心と音楽の道を両立できる場所として、大学は東京大学教育学部へ推薦で入学します。
大学では、「東京大学UNiTe」という学生団体に参加し、文化芸術を通じて、国連と世界の若者を結ぶ活動を展開しました。
現在は、外資系金融機関に勤務するかたわら、各地でコンサート活動を続けています。
菅田さんは自らの視覚障害とどのように向き合ってきたのでしょうか。菅田さんは、以下のような言葉で今回のサフラン賞受賞の喜びの声を締めくくっています。
「私は自身の視覚障害を特殊なものとは考えていません。視覚障害という一つの側面があったからこそ、かけがえのない出会いが生まれ、夢を追う経験を積むことが出来ました。視覚障害のみで私を語ることは出来ませんが、自身を形作る大切なピースの一つととらえています。」