「盲B盲Gサイト 中山利恵子さんの言葉」①
「盲B盲Gサイト 中山利恵子さんの言葉」①
番組担当の塚本です。以前、この「こぼれ話」の欄で、盲学校を卒業したOBやOGの今を知るサイトとして、今年3月に開設された「盲B盲G」というサイトを紹介しました。盲学校を卒業した先輩たちのリアルな足跡が、視覚障害のある児童・生徒にとって、これからの進路や人生を考えるヒントになるようにとの思いを込めて開設されたサイトです。このサイトに、新たに「バリアフリーアドバイザー」として学校現場などで活動する中山利恵子さんという方が登場しています。中山さんのインタビューを紹介いたします。
先ず幼少期の中山さんの教育環境についてですが、今から50年前は、まだ統合教育といった言葉すらない時代で、利恵子さんを幼稚園に入れたいと思った母親は、近くのミッション系の幼稚園に入園を願い出て、その時、園長の先生に「教会は困っている人を助ける場所でしょ。だから娘を助けて下さい」と詰め寄ったそうです。入園が叶った利恵子さんは、小学校は筑波大学付属盲学校に入学しました。
小学校は、理屈が通っていれば子供の好奇心を尊重するといった雰囲気があったと、中山さんは振り返っています。
その後、文京盲学校高等部に進んだ中山さんは、一時、人間不信に陥った時期がありましたが、かって通った幼稚園の仲間と再会して、少しずつ人を信じる気持ちを取り戻していきました。その時、幼稚園時代の仲間から言われた「りえちゃんは盲人らしくない。でも晴眼者でもない。その中間なのがいい」という言葉が印象に残っているそうです。「出来ることと、出来ないことの境界線を友人たちと話し合いながら過ごした経験が、今の自分の土台になっていると思います」と中山さんは振り返っていました。高校卒業後の社会人としての中山さんのキャリアについては、明日以降紹介いたします。
番組担当の塚本です。以前、この「こぼれ話」の欄で、盲学校を卒業したOBやOGの今を知るサイトとして、今年3月に開設された「盲B盲G」というサイトを紹介しました。盲学校を卒業した先輩たちのリアルな足跡が、視覚障害のある児童・生徒にとって、これからの進路や人生を考えるヒントになるようにとの思いを込めて開設されたサイトです。このサイトに、新たに「バリアフリーアドバイザー」として学校現場などで活動する中山利恵子さんという方が登場しています。中山さんのインタビューを紹介いたします。
先ず幼少期の中山さんの教育環境についてですが、今から50年前は、まだ統合教育といった言葉すらない時代で、利恵子さんを幼稚園に入れたいと思った母親は、近くのミッション系の幼稚園に入園を願い出て、その時、園長の先生に「教会は困っている人を助ける場所でしょ。だから娘を助けて下さい」と詰め寄ったそうです。入園が叶った利恵子さんは、小学校は筑波大学付属盲学校に入学しました。
小学校は、理屈が通っていれば子供の好奇心を尊重するといった雰囲気があったと、中山さんは振り返っています。
その後、文京盲学校高等部に進んだ中山さんは、一時、人間不信に陥った時期がありましたが、かって通った幼稚園の仲間と再会して、少しずつ人を信じる気持ちを取り戻していきました。その時、幼稚園時代の仲間から言われた「りえちゃんは盲人らしくない。でも晴眼者でもない。その中間なのがいい」という言葉が印象に残っているそうです。「出来ることと、出来ないことの境界線を友人たちと話し合いながら過ごした経験が、今の自分の土台になっていると思います」と中山さんは振り返っていました。高校卒業後の社会人としての中山さんのキャリアについては、明日以降紹介いたします。