「日視連会長、全盲の弁護士 竹下義樹氏の足跡」④
「日視連会長、全盲の弁護士 竹下義樹氏の足跡」④
番組担当の塚本です。今週は日本視覚障害者団体連合会会長で、全盲の弁護士でもある竹下義樹氏の足跡を、「全盲の弁護士 竹下義樹」(岩波現代文庫)という本をもとにたどっています。
「ワシは障害者の手足たる弁護士になるんや。障害者の自分だからこそ、問題の本質が理解できるハズや」との決意を胸に秘めて、竹下氏は京都の法律事務所で弁護士として仕事を始めました。
重度の聴覚障害者である男性が、1979年に生まれた長男に対する児童福祉手当の支給の権利があることを知らずに、5年後の1984年になって、手当の存在を知ったことを受けて、5年前にさかのぼって手当の支給を求める裁判を起こしました。竹下氏はこの裁判の弁護を引き受け、一審では勝訴。二審、上告審では敗訴という結果となりましたが、提訴から15年間に及ぶ法廷闘争の結果、地方自治体の福祉行政は大きな変化を遂げ、児童福祉手当の受給の権利があることの周知を図るPRなどは、大幅に改善されたということです。
この他にも竹下氏が手掛けた裁判には、柳園訴訟と呼ばれ、長く語り継がれている日雇い労働者に対する生活保護の打ち切りを撤回させた例などがあります。
番組担当の塚本です。今週は日本視覚障害者団体連合会会長で、全盲の弁護士でもある竹下義樹氏の足跡を、「全盲の弁護士 竹下義樹」(岩波現代文庫)という本をもとにたどっています。
「ワシは障害者の手足たる弁護士になるんや。障害者の自分だからこそ、問題の本質が理解できるハズや」との決意を胸に秘めて、竹下氏は京都の法律事務所で弁護士として仕事を始めました。
重度の聴覚障害者である男性が、1979年に生まれた長男に対する児童福祉手当の支給の権利があることを知らずに、5年後の1984年になって、手当の存在を知ったことを受けて、5年前にさかのぼって手当の支給を求める裁判を起こしました。竹下氏はこの裁判の弁護を引き受け、一審では勝訴。二審、上告審では敗訴という結果となりましたが、提訴から15年間に及ぶ法廷闘争の結果、地方自治体の福祉行政は大きな変化を遂げ、児童福祉手当の受給の権利があることの周知を図るPRなどは、大幅に改善されたということです。
この他にも竹下氏が手掛けた裁判には、柳園訴訟と呼ばれ、長く語り継がれている日雇い労働者に対する生活保護の打ち切りを撤回させた例などがあります。