「戦後80年~視覚障害者と戦争」②

番組担当の塚本です。

昨日に引き続いて、「点字新聞が伝えた視覚障害者の100年」(毎日新聞社点字毎日編集部編、明石書店刊)をもとに、戦時下の視覚障害者の置かれた状況について触れます。

意外に思われる方もいるかも知れませんが、戦地に赴く視覚障害者がいました。

彼らは「技療手」と呼ばれ、あんま・マッサージ・指圧などの技術を持った人たちを指します。

「技療手」は国内の病院や基地だけでなく、最前線の戦場に赴き、戦死した視覚障害者もいました。

兵士ではない彼らの派遣の目的は、戦闘機の搭乗員たちの緊張・ストレス・疲労回復の為、マッサージなどを施すためでした。

以下は「海軍技療手の歌」の歌詞です。

戦い終えて帰り来る
嗚呼、海鷲よ安かれと
真心こめし技療もて
微笑みかわす顔と顔
明日の戦火を祈らまし

当時、国内の盲学校の多くでは、戦場から帰還した傷病兵らへの慰問治療や、国内の工場などで軍需製品の増産に携わる人たちへのマッサージを行う慰問隊が組織され、活動していたという事です。