番組担当の塚本です。
視覚障害者の就労支援団体「タートルの会」は、今年30周年を迎えました。
6月21日に行われた2025年度総会に引き続いて、30周年の記念講演会が行われ、会の創設メンバーである国際視覚障害者援護協会理事の新井愛一郎さんが講師を務めました。
わが国で各企業や役所での障害者採用が始まったのは、今から50年近く前の1976年。
先天的な弱視であった新井さんが、社会保険庁(当時)に就職したのは1973年でした。
視覚障害のために、事務作業をこなすのに苦労した新井さんは、弱問研(現在の日本弱視者ネットワーク)の存在を知り、そこでの活動を始めます。
「見えるフリをするではなく、見えない事をもっと自己主張することが大切だ」との主張に共感したということです。
そこでの活動の積み重ねを通じて、同じ視覚障害の仲間とも出会い、一緒に問題を考えたり、相談し合ったりする中で、1995年6月、新井さんはタートルの会の前身である「中途視覚障害者の復職を考える会」の旗揚げに加わりました。
タートルの会での活動の中で、新井さんが最も大切にしたのは、「一人一人が働いている事例を共有し、そうした皆の体験が宝物になっていった」という点でした。
タートルの会での活動は、恩返しではなく、そこで得られた体験を次の世代に伝えていく「恩送り」だと強調されていました。
一人一人の事例を大切にして、会全体で吸収して欲しいというのが、新井さんの願いです。
視覚障害者の就労支援団体「タートルの会」は、今年30周年を迎えました。
6月21日に行われた2025年度総会に引き続いて、30周年の記念講演会が行われ、会の創設メンバーである国際視覚障害者援護協会理事の新井愛一郎さんが講師を務めました。
わが国で各企業や役所での障害者採用が始まったのは、今から50年近く前の1976年。
先天的な弱視であった新井さんが、社会保険庁(当時)に就職したのは1973年でした。
視覚障害のために、事務作業をこなすのに苦労した新井さんは、弱問研(現在の日本弱視者ネットワーク)の存在を知り、そこでの活動を始めます。
「見えるフリをするではなく、見えない事をもっと自己主張することが大切だ」との主張に共感したということです。
そこでの活動の積み重ねを通じて、同じ視覚障害の仲間とも出会い、一緒に問題を考えたり、相談し合ったりする中で、1995年6月、新井さんはタートルの会の前身である「中途視覚障害者の復職を考える会」の旗揚げに加わりました。
タートルの会での活動の中で、新井さんが最も大切にしたのは、「一人一人が働いている事例を共有し、そうした皆の体験が宝物になっていった」という点でした。
タートルの会での活動は、恩返しではなく、そこで得られた体験を次の世代に伝えていく「恩送り」だと強調されていました。
一人一人の事例を大切にして、会全体で吸収して欲しいというのが、新井さんの願いです。