ロービジョンの写真家・豊吉雅昭さんインタビュー②
番組担当の目黒です。
今回も前回に続いて、“見えない視界“を表現するロービジョンの写真家・豊吉雅昭さんのインタビューをお届けします。
当サイトの「リスナーの声」にご投稿いただいたことをきっかけに、取材が実現しました。
豊吉さんは、1975年生まれ、埼玉県出身。
緑内障による視野欠損が進行し、左眼の視野の大半と右目の視野の3割ほどを消失しています。
外科手術を受けるようになって以降、“見えない視界“を表現する作品として「MONOCLE VISION」シリーズの制作を始められました。
豊吉さんの作品は、豊吉さんの「ホームページ」でもご覧いただくことができます。
——表現活動を続けていて、周囲の方の反応で印象的だったことはありますか?
——視覚障害についてまだあまり知らないという方に向けて、どんなことを知ってほしいと思いま
すか?
——視覚障害とともに生きるリスナーにメッセージをお願いします。
2回にわたり、豊吉さんのインタビューをお届けいたしました。
”視覚障害とはどんなものなのか、自分には関係ないと思わずに情報のアンテナを張っていて欲しい”。
私たち文化放送ロービジョンプロジェクトも、様々な方の情報のアンテナに引っかかるコンテンツづくりを続けていきたいと思っております。
今回も前回に続いて、“見えない視界“を表現するロービジョンの写真家・豊吉雅昭さんのインタビューをお届けします。
当サイトの「リスナーの声」にご投稿いただいたことをきっかけに、取材が実現しました。
豊吉さんは、1975年生まれ、埼玉県出身。
緑内障による視野欠損が進行し、左眼の視野の大半と右目の視野の3割ほどを消失しています。
外科手術を受けるようになって以降、“見えない視界“を表現する作品として「MONOCLE VISION」シリーズの制作を始められました。
豊吉さんの作品は、豊吉さんの「ホームページ」でもご覧いただくことができます。
——表現活動を続けていて、周囲の方の反応で印象的だったことはありますか?
母の反応です。最初の頃は出来上がった作品を見せても否定的な言葉しか返ってきませんでしたが、今では“いいじゃない““すごく綺麗“と言ってくれています。
——視覚障害についてまだあまり知らないという方に向けて、どんなことを知ってほしいと思いま
すか?
視覚障害は身近な事になりつつある、という事です。人間の情報というのは視覚から得るものが8割を占めていると言われています。情報に溢れている現代社会では特にそうです。そして病気や怪我による後天的なハンデ、生まれつき眼にハンデを持つ人は当然いますが、酷使や加齢で視力が衰えるのは普通のことです。スマートフォンやパソコンの普及によりこの流れは加速していくでしょう。私達は忙しい日々の中で取捨選択や優先順位をつけて暮らしていますが、どうしても自分の体の事は後にしてしまいがちです。視覚障害について関心を持つことは予防の観点で自分のQOL向上にも繋がります。その意味でも視覚障害とはどんなものなのか、自分には関係ないと思わずに情報のアンテナを張っていて欲しいと思います。ひいてはそのことが、視覚障害に限らず何らかのハンデを持つ人への理解につながると考えています。
——視覚障害とともに生きるリスナーにメッセージをお願いします。
一人で悩まずに他者に相談し、そして諦めることなく行動して欲しいと伝えたいです。私自身、自分の眼に絶望して引きこもった時期もありますが、GFNでの出会いや写真を撮っていく上で知ったピアニストの西川梧平氏のことが、自分自身の状況を受け入れるきっかけにになりました。“出来なくなった事ではなく出来る事を探す“。簡単なようで難しいですが、多くの人のおかげで続けていられます。また写真を撮り続けて色々な事にアンテナを張っていたおかげで、ロービジョン者向けのカメラ(ソニー 網膜投影カメラキット DSC-HX99 RNV Kit)にも出会いました。このカメラで撮っている時だけ、“見て撮る“ことができています。多分、自分を信じずに写真をやめていたら知ることもなかったと思います。人との関わりと自分に絶望しないことが日々を生き抜く糧になると私は実感しています。
——今後の展望を教えてください。これからも作品制作を続けていきます。一人でも多くの人に拙作を見てもらえるように展覧会やコンペティションへの出展や応募を続け、いずれは海外でも個展開催したいと思っています。また制作を通じて社会貢献に繋げていきたいので、そのためにも挑戦し続けていきます。
2回にわたり、豊吉さんのインタビューをお届けいたしました。
”視覚障害とはどんなものなのか、自分には関係ないと思わずに情報のアンテナを張っていて欲しい”。
私たち文化放送ロービジョンプロジェクトも、様々な方の情報のアンテナに引っかかるコンテンツづくりを続けていきたいと思っております。