『大垣尚司・残間里江子の大人ファンクラブ』 「定年の壁」の壊し方
情報番組「大垣尚司・残間里江子の大人ファンクラブ」では、残間里江子さん(フリープロデューサー)と、大垣尚司さん(青山学院大学教授、移住・住みかえ支援機構代表理事)が、お金や住まいの話を中心に、大人世代のあれこれを語ります。
この連載は、番組内の人気コーナー「おとなライフ・アカデミー2023」の内容をもとに大垣さんが執筆した、WEB限定コラム。ラジオと合わせて、読んで得する家とお金の豆知識をお楽しみください。
今回は特別編として、作家・公認会計士で、2023年の1月に「ただの人にならない 「定年の壁」のこわしかた」を出版された田中靖浩さんをゲストにお迎えした5月6日放送のダイジェストをご紹介します!
フリーランスになりたかった
大垣
田中さんがお書きになった「会計の世界史」は名著です。でもちょっと学術っぽい。定年の壁のこわし方と同じ人が書いてると思わなかったけど、読んでいるとそういう素養が出てきますよね。こういう本はいっぱいありますが、そんな中でもいい本だなと思います。なぜ「壁」っていう風になさったんですか?
田中
もともとこの「定年の壁」っていう本なんですけど、懇意にしている編集者の方から「こういうテーマで書きませんか」とオファーを頂いたんです。最初ちょっとビックリしたんですけど、私自身フリーランスで定年がないので、なんで私がと思ったんですが。逆にフリーランスでやってるってことで、壁がないんですけど、一般の方は…
残間
みんなフリーランスのように生きなさい、と。
田中
そうですね。
残間
「貯金の残高を気にするよりも、小さく稼いで気楽に生きる」
大垣
キーワードは「Dモード」「Bモード」って出てきますよね。「Dモード」は「ねばならない、しようがない」。
*田中さんは、義務感からやる仕事(Deficit)をDモード仕事、やりたいからやる仕事(Being)をBモード仕事と分類しています。
田中
はい。マスト、いやいやの仕事。
大垣
それで定年まで来てるんだけど、一方の「Bモード」はホントにやりたいこと。そっちへの切り替えが大変、ということを割とお書きになってますね。いろいろお仕事をなさっている中で、感じるようになったということでしょうか。
田中
そうですね、自分自身の経験でいうと、大学を卒業して会計士になって会計の仕事をやったんですけど…すごく辛かったんですね。実際、20代で体もこわしちゃって長期入院しちゃったんです。勉強は楽だったんですけど、会計士としてお金の計算をするのがすごく辛かったんです。
大垣
それは会計士、向いてない!
田中
計算がまず合わない。計算が苦手で(笑)
大垣
当時まだ、タテヨコ計算をしなきゃいけない時代だもんね。
田中
その通りです。タテとヨコが合わないんですよ(笑)
大垣
私もそうだったから(笑)
田中
計算して節税のお手伝いとか、決算とか…その情熱が全然、湧かないんですよね(笑)。これは辛いな、と思って。
残間
数字が好きだから会計士になったわけじゃないんですね。なぜその仕事に?
田中
会計を知ってると独立しやすいっていうか…もともとフリーランス、独立志向が非常に強かったんで。
大垣
商学部行けば、皆さん目指されますもんね。
田中
はい。お金のこと知ってて、邪魔になるものでもないですし。でも、やってみたら、計算が合わないんです(笑)。それが、自分の「イヤイヤのDモード」ってことで。周りの人たちは得意なことなのに、自分は不得意。そういう仕事やってると、がんばっても成功しにくい。
「フリーランス塾」を始めました
大垣
じゃ、そのあとから現在に至るまで、どういうことをやってらしたんですか?
田中
その、ぶっ倒れた会計業務の日々を経て、これはもうダメだなと思って、コンサルタントになろうと思ったんです。自分が勉強して楽しくてぜひ人にも知ってもらいたいなということを、紹介してお金をいただくという。たとえば価格設定、プライシングのコンサルティングですとか。ある部分に絞って、サービスを提供してお金をいただくということをやり始めました。で、今は塾をやっています。フリーランス塾っていうんですけど。まさにその、定年の壁を乗り越えようとしている人たちを、みんなで助け合って悩みを共有しながら。この国って、どこの国よりも雇われてきてる人の比率が高いと思うんです。会社員、公務員もそうですし。どこかに雇われて給料をもらって生きている。そうすると、雇い主が雇ってくれなくなった瞬間に仕事を失ってしまいます。
大垣
で、考えられないんですよね、自分が何をしたいのか。
田中
そうなんです。自分自身で好きなことやっていいんだよ、って言われても「好きなことがわかりません」。こういうのが「定年の壁」って言っていいと思う。
残間
聞かれても何をやりたいか、わかんない人が多いですよね。やりたいことと、得意なことと、できることも、また違うしね。
でも、壁を壊すにしても、お金がないと無理ですよね。
田中
生きてくだけの最低限のお金がないと、壊せないですね。
残間
みんな老後の資金が2千万足りないという、あの言葉に呪縛されていて、身動きが取れなくなってる人、けっこういるんですよ。なんとかしなきゃ、と考えると「お金を使わない」。自分のためにもお金を使わないという人、けっこう増えていて。「2千万ショック」って大きいですよね。
田中
具体的な数字が出てきたっていうのが、一番大きかったと思います。2千万っていうのは、手が届かなさそうな高いハードルですから、インパクトありましたよね。
大垣
でも真面目に計算したら2千万どころじゃないですよね。3千万ぐらい平気で足りない。でもね、「60の壁」っていうんだけど、妙に雇用延長したりとか、さらに65から70まで雇えとか、どんどん「Dモード」を続けさせるような形で施策が動いているような感じがしますね。でも逆に早く自分で「定年」にならないと、なんかダラダラいっちゃって。もう「B」にもなれないという。
残間
定年よりも前に考えなきゃね。
田中
そうですよね。まさに本で書こうとしたのもそういうことで。定年が来てから壁を壊そうとかフリーランスになろうとしても無理なので。準備期間というんですかね、ある程度時間をかければなんとかなる問題でもあるのかな、ということで。
60になってから考え始めてもダメ
大垣
でも定年延長で65までいてもいいですよ、ということになって…
残間
そこまでいた人は、もうずっといるしかないのよ。最近リスキリングとか言うじゃない。あれって、もう40代から50代前半まで。60代以降の人はおよびじゃないから。田中さんも書いていらっしゃるように、50くらいから考えなきゃいけないってことよね。
田中
うん、60になってから考えても遅いですね。
大垣
で、そういう60の人が田中さんとこに来ちゃったらどうなるんですか?
田中
励まします(笑)。ダメじゃーん、って言ったら話が終わっちゃうんで…
残間
それは、来るだけ、やっぱりまだ何かあるわけよ。もう、みんな、そういう人は来ないもん。田中さんにお願いします、っていう人は、やっぱりまだ何かある。
大垣
そこで起業しなきゃとか考えてる人は、ちょっと気持ちを変えてあげないといけないですよね。
田中
そうですね。私のところにいらっしゃるのも、50代が多いと思います。本当は40代ぐらいで意識があった方がいいのかな。
大垣
いま大学では1年生からキャリアデザインを教えます。そこで絶対「Dに行くな」って教えるんです。
田中
素晴らしい!
大垣
だから、「自分を持っておきなさい」ってところから始めて、いま大学で役に立つことなんて絶対教えてないんだけど。でもやりたいことに出会うという4年間ではあるから。後はその、一応、大会社に入っちゃうんですけどね。僕は「ガンダムスーツ着て仕事するようなもんだぞ」って言ってる。どっかで脱がないといけなくなるから。
残間
これから「ジョブ型」になっていくんでしょう?
大垣
それはまあ、経済の都合で言ってるやつだからね。給料を上げないでいいように。
残間
でも田中さんも、「転社はいいけど転職はダメ」と。自分のスキルはスキルとして持ち続けなさい、って教えてますよね。
田中
そうですね。それは自分も意識してきましたし。転職って言葉はよくないですよね。自分に一貫したものというか。
子どものころ得意だったことを思い出して
大垣
誰だって小学校のころには「なんでお前はそんなことが面倒じゃないんだ?」って言われてたようなことが絶対あるから。それがどんなにお金に結び付かなさそうでも、体に合ってる動きだから。それを自然にやっていけるようにしなさい、っていうんだけど。
残間
大垣さんはちょっと偏りすぎてるけど、「手先が器用だね」とか「足が速いね」とか「歌がうまいね」とか。
大垣
そっちへチェンジしていければいいのかも、って思ったりするんです。
残間
塾にいらっしゃるのは男性が多いんでしょう?
田中
それがですね、実は7割以上が女性です。男性の50代はこういう塾に来るのに心理的抵抗があるんじゃないかな。
大垣
時間もないんじゃないかな。
田中
はい、忙しい。
残間
また勤め人をやろうと思うと、新しいスキルを身につけないと相手にしてもらえなかったりする。女の人の方が自由なのかもね。
田中
前向きですね。物事を肯定的にとらえるんで、まあその状態でもがんばろう、という。
大垣
リスキリングって言ってるのは、また会社で役に立つようなことってニュアンスですもんね。
田中
最初はフリーランスを集めた塾をやってたんですけど、途中で二種類の人たちが混在して、若干問題が出てきたんです。いまサラリーマンでフリーランスを目指してる人と、もうフリーランスになっちゃった人。切実さの度合が違うんですね。それで二つに分けまして、「いつかはフリーランス学部」と「既にフリーランス学部」。それで落ち着きました。
大垣
でもいいことですよね、女の人が40代ぐらいからきちんと準備して。男は定年でもう、フニャッってなっちゃうから。
残間
女の人は、組織の中で自分の職能、何が得意かというのを身につけなくちゃならないから。男の人は次から次へといろんなことをやらされて。
大垣
それを脱げなくなる。急に老けちゃいますよね。
自分の「履歴」が知られてしまう時代
残間
じゃあいま、田中さんは楽しいんだ。
田中
そうですね、楽しいですね。
私は「作品カタログを作りなさい」って言ってるんですけど。自分自身の、文章を書いたり写真を撮ったり、そういうものを蓄積してったほうがいいですよと。どうしてかと言うと、いまたとえば若い子たちって、「タイミー」ってアプリでバイトを探すんです。明日の日雇いバイト、近所で2時間だけ働きたいけど、そういうのがあるんです。うちの子どもたちが使ってる。便利なのはわかるんですけど、なんで雇う方はどこの馬の骨かわからないようなのでも大丈夫なのかって。要は過去の履歴、信用スコアが全部残ってるんです。この人間が働いたときに雇い主が何点をつけているか。あるいは雇い先にも今まで働いたバイトの子たちの履歴が全部残っているので。この子は大丈夫だっていう。初めての職場でも評価ができるんですよ。回りくどいんですけど、これから、定年の時に、それが起こり始めるんじゃないかと思うんです。要は、この人がどういう人かが、初対面で分かっちゃってる時代が来る。逆に言うと、いい履歴を遺しておけば、定年の瞬間に次の職場が見つかったりとか、友達も見つけられるとか。
大垣
かえってずっと同じところにいるとやばい。
田中
やばいんです。会社ではいろんなカタログがあるんですけど、外に向けての自分のカタログがない。
大垣
無意識にそういうのがたまってく時代になってるんですね。
田中
20年ほど前に中国が国家としてそういうシステムを作る、って言い出した時にまさかと思ったんですけど、もううちの子どもたちがそういうのを使ってる(笑)。たぶんこれから定年の人たちの再雇用にそういうのが入ってくるんじゃないかと思いますし、実際に仕事のパートナーを選ぶときにその人のSNSとか見ますもんね。
「ただの人にならない 「定年の壁」のこわし方」(マガジンハウス新書 1100円)
田中靖浩(タナカヤスヒロ)
作家・公認会計士。三重県四日市市出身。早稲田大学商学部卒業。外資系コンサルティング会社勤務などを経て独立開業。執筆、講師、コンサルティングといった堅めの仕事から、落語家・講談師との共演まで幅広くポップに活躍中。「会計×歴史」や「経済×絵画」といった新しいコンテンツを発信しつつ、フリーランスの応援にも全力で注力中。著書に『名画で学ぶ経済の世界史』(マガジンハウス)、『会計の世界史』『良い値決め 悪い値決め』(ともに日経BP社)、『お金にふりまわされず生きようぜ!』(岩崎書店)など多数。
大垣尚司 プロフィール
青山学院大学 法学部教授、一般社団法人 移住・住みかえ支援機構代表理事。
第一線で培った金融知識をもとに、住宅資産の有効活用を研究・探究する、家とお金のエキスパート。
東京大学卒業後、日本興業銀行、アクサ生命保険専務執行役員、日本住宅ローン社長、立命館大学大学院教授などを経て、現在、青山学院大学法学部教授。
2006年に「有限責任中間法人移住・住みかえ支援機構」(現、一般社団法人 移住・住みかえ支援機構)の代表理事に就任。
日本モーゲージバンカー協議会代表理事を兼務。著書に『ストラクチャードファイナンス入門』『金融と法』『49歳からのお金ー住宅・保険をキャッシュに換える』『建築女子が聞く 住まいの金融と税制』など。
家とお金に関するご質問、お待ちしてます
番組では、家とお金にまつわるメールやご質問をお待ちしています。
宛先は、otona@joqr.netまで。
※この記事で掲載されている情報は全て、執筆時における情報を元にご紹介しています。必ず最新の情報をご確認ください。
お知らせ
パーソナリティの一人である大垣尚司さんが代表理事を務める一般社団法人「移住・住みかえ支援機構」(JTI)では、賃貸制度「マイホーム借上げ制度」を運用しています。
住まなくなった皆さまの家をJTIが借り上げて、賃貸として運用。
入居者がいない空室時でも、毎月賃料を受け取ることができます。
JTIは非営利の公的機関であり、運営には国の基金が設定されています。
賃料の査定や、ご相談は無料。資格を持ったスタッフが対応いたします。
制度についての詳しい情報は、移住・住みかえ支援機構のサイトをご覧ください。
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土 6:25~6:50
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