歴史的意義を持つG7広島サミット開催。何をどう語り継ぐべき?
5月17日「西川あやの おいでよ!クリエイティ部」(文化放送)、特集コーナーは「広島から平和教育を考える」というテーマでお届けした。5月19日開幕のG7広島サミットでは、各国の首脳が被爆の現実に触れることで核兵器のない世界の実現に進むことが期待されている。一方でそうした戦争の記憶を語り継ぐ「語り部」不足が課題、という現実もある。
西川あやの「明日(5月18日)の午後に岸田総理は広島空港に到着します。原爆ドームのある広島市の平和記念公園でG7の首脳を出迎える、ということです。その後、首脳による平和記念資料館への訪問も調整が進んでいる、と。19日のワーキングディナー、外交安全保障の中のテーマに核軍縮も入っている。明日、明後日が非常に重要なんですね」
石戸諭「今回、主要の会場となっているのが、宇品(うじな)というエリアなんですよ。旧日本軍の施設があったところで、そこにいたのが、著名な政治学者で、教科書にも載っているエッセイを書いた丸山眞男さん。若いころの丸山さんが実際、その軍の施設にいらっしゃって、原爆を実際に見ているんです。多くの市民が助けを求めに、海沿いのそこまでやってきた。凄惨な光景を目の当たりにしている」
永井玲衣「うん……」
石戸「そのあと大学に戻られて、政治学の研究が始まっていくという。政治学を勉強していた人たちからすると非常に意義深い場所で。どこまで実効性のあるものができるの、とか、やっかみを入れたくなる部分はある。ただもう戦後80年近く経つ、というときに実現する、その歴史的な意義はあるんじゃないか、と思う」
西川「2016年にオバマ氏(元大統領)が来たとき。これも歴史的に大きな一歩だったと思いますけど、よく『資料館に足を運んだけど滞在できたのは10分ぐらいだった』と報じられています。今回G7による資料館訪問が実現すれば初めてということで、石戸さんのおっしゃるとおり、大きなことだと思うんです。そこでどういうことをするのか、というのが、岸田さんがどこまで紹介できるのか、というところですね」
石戸「そうなんだけど、別に岸田さんだけの問題じゃない、というのはあると思っていて。平和とはいったいなんぞや、という問題が、各国の歴史や文化、宗教観によって違うのではないか、ということを、先述の丸山さんのお弟子さんに当たる石田雄さんが『平和の政治学』という本で書いていた。平和とは何か、神の意志や正義とかが叶った状態を意味するのか、繫栄というのを意味するのか」
石戸によればその『平和の政治学』の中で、「平和とは何か」ということが各国の歴史や文化などによって異なる、と詳しく書かれているという。
石戸「日本は何をもって平和というんですか、という場合に『心の平穏』『争いがないこと』みたいな。石田さんがその本の中でも書いているけど、これを平和だと言ってしまうと、『争わない』『戦争してはいけません』という状態であったとしても、不正義を認めるとか。あるいは戦争にいたるまでの状況に対して、黙認してしまう可能性もあるね、と」
永井「いまの石戸さんの話を引きながら……。我々は学校教育の中で、ほとんどの場合、そもそも平和とはなんだろう、と考える機会を持ってこなかったと思うんですね。やっている学校ももちろんあると思いますけど。多いのは『戦争は悲惨だった』『平和はいいね』と。『こんな悲惨さがあります』というのをドドドドドッと流し込まれて」
石戸「うん」
永井「わあ、つらい……でもすぐ明日、忘れてしまう、みたいな。そういうとても表面的な教育もあると思うんですね。実際私がこの間、長崎に行かせてもらったとき、平和教育に従事されている方に話を聴いたら同じようなことをおっしゃっていて。もちろん戦争は悲惨だ、というのは大事なんだけど、教育としてそれしかない、と」
石戸「そう。伝えられていない」
永井「原爆を落としたのは誰なのか、なぜ落とすことになったのか、という政治的な面が抜け落ちている。そこを語らないで戦争は大変だ、つらい、みたいな。核兵器のない世界ってどういう世界なんだろう、ということ自体もあまり議論されない。飽和状態になった中で、なんとか改革したい、と、もがいている方、たくさんいらっしゃると思います」
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