明石家さんま、ダウンタウンらが西の笑いを押し上げた!? 吉本興業・大﨑洋会長が振り返る
4月12日「大竹まことゴールデンラジオ」(文化放送)、大竹メインディッシュのコーナーに大﨑洋さん(吉本興業ホールディングス代表取締役会長)が登場した。大﨑さんは先月、初の著書『居場所。』を発売している。
大竹まこと「会長でいらっしゃるし、芸人をたくさん見ていらっしゃる。ご自身が本を書くというのは、何か『書きたいな』『言いたいな』というのがあったんですか?」
大﨑洋「そうですね……。事件、事故が多い会社なので、世間様にご迷惑をおかけしているんですけど(笑)。その度に記者会見したりペラペラしゃべったり、というのも、なんだかな、と思いまして」
大竹「はい」
大﨑「KBS京都さんで深夜にラジオをさせてもらっているんです。そこでよもやま話をしながらチラチラと、言い訳なのか反省なのか『じつはこうだったんですよ』というのを、正面きってではなく雑談の中に入れればいいな、と。そういう思いがあって3年ぐらい続けている。でも真意が伝わらないな、というときがあって、そうすると活字で残しておかないと、と。10年、20年と経ったときに違う形になっていたらイヤだな、と思ったんです」
大﨑さんは著書『居場所。』に込めた思いを詳しく語った。コーナーの後半では、いまほど関西出身の芸人が東京に進出していなかった時期の話にも花が咲いた。
大竹「ダウンタウンの『あ』のコント、ありましたね。あれが僕、大阪っぽくなくて、シュールでスゴくいいなと思いました」
大﨑「ありましたね(笑)。あの辺のコントで『どうだ!』というのが二人にあったんだろうなと」
大竹「それで大阪の芸人がどんどん(来た)。漫才ブームもあって」
大﨑「それまでは不文律みたいなもので、関西の笑いは箱根の山を越えられない、といったことを言われていました」
大竹「大阪から東京へ、というのは、時代背景もあるけど、ダウンタウンがやっぱり大きかったですか?」
大﨑「そうですね。あと(明石家)さんまくんが女優さんと結婚するとか『ええっ!?』って。大阪弁やけど、なんとなく東京、関東のイントネーションでしゃべったら通用するんや、と。さんまくんの活躍とかがすごかったです」
「大竹まこと ゴールデンラジオ」は午後1時~3時30分、文化放送(AM1134kHz、FM91.6MHz、radiko)で放送中。 radikoのタイムフリー機能では、1週間後まで聴取できます。
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