映画への旅、過去への旅 韓国映画「オマージュ」~鈴木BINのニュースな映画

映画への旅、過去への旅 韓国映画「オマージュ」~鈴木BINのニュースな映画

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鈴木BINのニュースな映画

文化放送報道部デスク兼記者兼プロデューサーで映画ペンクラブ会員の鈴木BIN(敏夫)が、気になる映画をご紹介しています

韓国映画「オマージュ」

淡々と進む映画のようでいて、辛辣な社会批評とハラハラドキドキが織り込まれた力作だ。

(C)2021 JUNE FILM All Rights Reserved.

主人公は興行成績が上がらず追いつめられた女性映画監督のジワン。ヒット作が出ない苦しみの中、ジワンは半世紀前に活躍した女性監督の作品の、抜け落ちた音声箇所を今の声優を使って埋めるという仕事を引き受けた。

この映画の設定で思い出したのは、英国発の人気ドラマシリーズだった「シャーロックホームズの冒険」。NHKが当時放送枠にあわせて短くしていたようだが、はまり役と言われた露口茂さん(太陽にほえろの山さん)はすでに俳優業を引退している。そこでブルーレイ化にあたって、カットした部分を似た声の俳優の吹替でカバーしていた(それはそれで面白かった)。ただし「シャーロック・ホームズの冒険」は原盤とともに音声が残っているわけだが、今回のジワンが格闘する過去の名作は「何をしゃべっているのかがわからない」ので大変なのだ。しかも作業を進めるうちにフィルムそのものの一部が欠けていることに気づいた。そこでジワンは、調査の旅に出かけることになる。

主人公はユーモラスで人間臭い (C)2021 JUNE FILM All Rights Reserved.

「オマージュ」は、劇中劇を舞台にして映画監督女性ジワンが旅をするロードムービー。その「旅」は古い映画フィルムの欠けた箇所を探す旅であり、古き良き時代へのタイムトリップであり、家庭と両立することやヒット作を作ることの難しさに思い悩む自分探しの旅でもある(シン・スウォン監督自身が投影されているそうだ)。様々な場面で映画好きにはたまらない要素が盛り込まれている一方、映画業界の厳しさや業界の女性差別問題を提起する社会的メッセージも随所に織りこまれている。

韓国映画は言うまでも無く骨太な映画が多い。軍事政権下の史実を元に描く裏面史、バイオレンスの要素が強いサスペンス、さらには爆発的コメディにいたるまで力溢れる映画が揃っているが、一方で静かに淡々と物語を進めながらも心の琴線にぎゅっと触れてくる作品も多い。そういった映画もまた骨太だ。1998年に公開されたハン・ソッキュ、シム・ウナ主演の「八月のクリスマス」は、情趣溢れるばかりでなく死生観もテーマにした深い作品だった。

故キム・ギドク監督の「春夏秋冬そして春」もそのひとつかもしれない。常に物議を醸した監督だったが、キム・ギドクには忘れられなくなってしまう作品が多かった。「春夏秋冬、そして春」は輪廻や贖罪をテーマにしているにも関わらずエンディングに救いがあり、生きる事の怖さも美しさも静かに伝えてくれる作品だったと思う。佳作だがパク・フンシク監督、チョン・ドヨン主演の「私にも妻がいたらいいのに」という映画も良かった。ストーリーに大きな起伏は無いのに、後からしみじみ湧き上がる不思議な作品だった。

話が戻るが、今回の「オマージュ」は映画自体や映画館が舞台なので、イタリアの名作「ニューシネマパラダイス」が引き合いに出されることが多くなるだろう。ただ、個人的には蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)監督の台湾映画「楽日」を思い出した。「楽日」は台北の古い映画館を舞台にした不思議な映画だった。「ニューシネマパラダイス」に出てくる「パラダイス座」はシチリアのからっとした空気を感じたが、日本でも香港でも台湾でも韓国でもアジアの映画館は湿度が高く、じめっとした空気がまとわりつく感じがする。「楽日」を観た時、「東映まんがまつり」を観るため子供の頃に通った近所の映画館のすっぱい匂いが鮮やかに蘇ってきた。今回の「オマージュ」もまたアジアの映画館の湿度が感じられる映画だ。劇中劇である昔の映画「女判事」のシーンも、上記ポスターのようにハイカラな描き方をしているものの、そのハイカラさも石原裕次郎の日活映画を思い起こさせる。

そしてアジア映画特有のノアール感もある。戦前の帝都東京も、上海も、香港も、当時京城と呼んだソウルもアジアの「魔都」だった。台湾映画「楽日」は最後まで淡々としたストーリーだが、「オマージュ」は淡々と進むふりをしながら、展開はとてもカラフルで、おおいに刺激を与えてくれて、そこはやはり韓国映画だ。過去の旅も、欠落したフィルムを探し求める旅もサスペンスの色合いもあって飽きさせない。映画「オマージュ」は全国で順次ロードショー中だ。この映画はサブスクではなく映画館が似合う気がする。監督:シン・スウォン 出演:イ・ジョンウン他 字幕:江波智子 提供:ニューセレクト 配給:アルバトロス・フィルム

 

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