『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』~鈴木BINのニュースな映画

『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』~鈴木BINのニュースな映画

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鈴木BINのニュースな映画

文化放送報道部デスク兼記者兼プロデューサーで映画ペンクラブ会員の鈴木BIN(敏夫)が、気になる映画をご紹介しています

回の鈴木BINの「ニュースな映画」は「SHE SAID/シー・セッド その名を暴け」~事実を追うために泥を食むことの尊さ

2017年、アメリカのニューヨーク・タイムズが報じたハリウッド界の大御所プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ、性的暴行事件を告発した記事が世界に衝撃を与え、「#MeToo運動」を加速させた。この映画は、2人の女性記者が事実を地道に追い続け世界を変えた実話をベースに作られた映画だ。

© Universal Studios. All Rights Reserved. 

メディアは本当のことを言わないと声高に訴える人が多い現代において、だからこそただひたすらに足を運び被害者の声を集め記事にしてゆくというしんどい作業を、周囲の圧力に耐えながらも続ける2人の記者の姿が何と新鮮で格好良いことか。格好良いと言ってもいかにも「正義の使者が町を行く」という類いのものではなく、取材とは泥を食むような地味で面倒な仕事だとも教えてくれる。

ネタバレは避けるが、この映画は強いリアリティを持つ。そう考える理由は、2人の記者を取りまく上司たちの姿だ。とても冷静で淡々としている。これがフィクションの映画だと、権力に切り込もうとする正義感溢れる記者を、猛烈な権限を行使して抑え込もうとする編集長や経営陣が登場するのだが、少なくともニューヨーク・タイムズのこの一件ではそうはなっていない。事実さえ集めてくれば、腰を据えて上役ともハリウッドのシステムとも喧嘩してあげるよという態度を示して、それに見合った仕事を上司らしく淡々とこなしてゆく。ボストングローブが腐敗した教会の裏側に斬りこんだ「スポットライト世紀のスクープ」やワシントンポストがウォーターゲート事件を暴いた「大統領の陰謀」、やはりワシントンポストが国防総省の機密文書を描いた「ペンタゴン・ペーパーズ」もそうだったが、実話ベースの映画の場合、若干腰が引けた経営者やデスクは出てくるものの結果的に派手な妨害をするようなことは無い。いかにも「実際にいそうな」デスクや現場長が出てくる。逆に言えば、だからこそ記事が世の中に出てスキャンダルになっていったわけで、「握りつぶされた」ケースが屍のように累々と横たわっているのかも知れないが、いずれにせよ今作を含めた上記の実話ベースの作品に出てくる(実在の)上司たちはまずまず理解があるのだ。もちろんそうではないケースもある。FOXニュースのセクハラ問題を描いた「スキャンダル」は、エンディングで少しは留飲を下げたものの、上司も同僚もなかなかの忖度の嵐でしんどい映画だった。ただしリアルは感じた。放送と新聞の違いがあるのかも知れないが、一概にひとくくりはできないだろう。さて日本はどうだろうか。

もうひとつ印象的だったのは、主人公2人が、真実を明らかにするというゴールを目指すのはもちろん、常に雑誌「ニューヨーカー」に抜かれないよう意識していることだ。この場面でなぜかとてもほっとした。話が大きくそれてしまい恐縮だが、3年前に日本在住のヤヌシュさんというホロコーストの生き残りであるピアニストの男性にインタビューしたときのことをふと思い出した。ヤヌシュさんは移住先のニュージーランドから戦後、当時の西ドイツにピアノ留学したそうだが、その際、お世話になった家族の夫や子供たちが「うちは全くナチスとは関係なかったからね」と繰り返すことに、何とも言えない居心地の悪さを感じたのだという。その時、台所にいた妻が「あなた何言ってるの、うちのおじさんがナチスだったじゃないの!」と大声で叫び、家族も「ああ、そう言えばそうだったな」となったそうだが、その瞬間にほっとしたのだと言う。「この家族は信じられる」と感じたそうだ。何事にも正直であることに勝るものは無い。映画でも主人公たちがニューヨーカー誌にライバル心を隠さずスクープに欲を見せるシーンに彼らの職業魂とリアルさを感じて、非常に頼もしく思えた。ちなみに劇中に出てくるニューヨーカー誌の取材が先行しているという話は、実名を出してはいないが、ジャーナリストのローナン・ファロー氏のスクープ記事のことを示している。ファロー氏は名前のごとく俳優のミア・ファローとウディ・アレンの息子。まさにサラブレッドだが、このファロー氏がウディ・アレンのセクハラについても記事にし、親子間対立となっているというほろ苦い事情もある。さらにミア・ファロー自身が、ローナン氏のことを「父親はウディ・アレンではなくフランク・シナトラかもしれない」と発言したので事態はさらにややこしくなっているのだ。以上、余談のゴシップ話でした。

それにしても「SHE SAID」のホームページにも書かれている「問題はワインスタイン以上に性加害者を守る法のシステムにある」という言葉は非常に重い。示談になれば解決なのか?それでも告発すると訴えられるのか?と言ったケースは、今後、日本でも十二分に考えられ得る。作品中に当事者であるはずのワインスタインの顔はほとんど出てこない。むしろ抽象的な存在として描かれていて、彼を守る弁護士や取りまきなどの「システム」たちの顔が常にアップになる。しかし顔が見えるはずの彼らもまた見えているようで本心が見えない存在であることに気付く。そう考えていくとやはりこの映画は2人の記者たちの人間ドラマで有ると同時に深刻な社会派ドラマであることと言わざるをえない。またしても話が飛ぶが、前川喜平元文部科学事務次官が、モリカケ問題において「あったことを無かったことにはできない」と発言したことは、シンプルだが非常に重く大事な一言だった。システムの核心部分にいた人が、システムの実情を暴き自由になった瞬間だと感じたからだ。伝えないと死んでしまうほどに苦しい悪事を知ってしまえば、どれだけの困難に直面しても泥を食んで伝えるしかない。私とは覚悟が違う…

村上春樹氏がエルサレム賞の授賞式スピーチで「硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側に立つ」と発言して話題を呼んだが、つまりこの映画で語られるべきはメディアの有り様だけでなく、職業には関係のなく人の生き方、人間として生きる姿勢なのだと勝手に理解した。だからこそ記者たちの人間ドラマは熱く尊い。気軽にネットに書き込んで炎上頻発の時代だからこそ観るべき、まさに宝石のような映画なのだと思う。

© Universal Studios. All Rights Reserved. 左がマリー・キャリガン 右がゾーイ・カザン

最後に蛇足だが、主役のキャリー・マリガンは本当に素晴らしい俳優になったと思う。BBC TWOで放送されたテレビドラマシリーズ「コラテラル 真実の行方」(Netflixで観られます)で、まるでコロンボの様なよれよれのコート姿で枯れた刑事として登場し、可憐なイメージからの脱皮ぶりに驚いたのだが本当にはまり役だった。これからも足で稼ぐ地味な刑事や記者役で渋い演技を見せていって欲しいと願うし、大胆予想で恐縮だが、私はキャリー・マリガンが本作でゴールデングローブ賞かアカデミー賞の助演(もしくは主演)女優賞を獲得すると予測している。外れたらごめんなさいm(__)m

「SHE SAID/シー・セッド その名を暴け」は2023年1月13日(金)より全国公開

原題:SHE SAID 監督:マリア・シュラーダー 製作総指揮:ブラッド・ピット、リラ・ヤコブ、ミーガン・エリゾン、スー・ネイグル 出演:キャリー・マリガン、ゾーイ・カザン、パトリシア・クラークソン、アンドレ・ブラウアー、ジェニファー・イーリー、サマンサ・モートンほか 原作:「その名を暴け―#MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い―」ジョディ・カンター、ミーガン・トゥーイー/著(新潮文庫刊)古屋美登里/訳 配給:東宝東和

 

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