「テルアビブ・ベイルート」東京国際映画祭 緊迫のロードムービー
鈴木BINのニュースな映画
文化放送報道部デスク兼記者兼プロデューサーで映画ペンクラブ会員の鈴木BIN(敏夫)が、気になる映画をご紹介しています
鈴木BINのニュースな映画番外編
映画「テルアビブ・ベイルート」は 緊迫のロードムービーだ
今年の東京国際映画祭のコンペティション部門に出品された「テルアビブ・ベイルート」という映画。テルアビブはイスラエルの最大都市。一方、ベイルートはレバノンの首都で、日本ではカルロス・ゴーン被告が逃亡した先として有名になってしまいました。ともに美しい海に面した大都会で、自由に行き来できれば実に魅力的な観光コースになっていたでしょうが、両国は紛争を続けてきたので往来はできません。領土の奪い合いも続いました。そのことにより分断されてしまった姉妹や父娘、かつての恋人たちの姿を描いたロードムービーがこの「テルアビブ・ベイルート」です。
約20年前に、文化放送の記者がこの映画の舞台であるヒズボラが支配するレバノン南部の国境地帯を取材したことがあるのです(残念ながら私ではありません)。当時はかなり治安が安定していて、首都ベイルートも内戦(キリスト教徒とPLOなどの衝突が繰り返された)当時とは違って美しく蘇り、「昔と今のベイルート比較写真集」をレバノン当局から土産にもらって帰ってきたことを覚えています。レバノンは、これから盛り上げるぞという機運に満ちていて、記者は当時のハリリ首相宅にも招かれるなどしたのですが、その後、程なくしてハリリ首相は暗殺。その遺志を継いだハリリ元首相の息子サード・ハリリ氏も後に首相を務めるなどしましたが、経済悪化などに伴う世論の反発を受けて辞任。後任のディアブ首相も大規模爆発事故の責任を取って辞職。大不況の中、現在のレバノンは大統領も首相も不在という混乱状況が続いています。
この映画では1980年代からの家族の姿を描いています。主人公の父親は、イスラエル軍に属するレバノン人であったがゆえに、イスラエルが占領していたレバノン南部地域をレバノンが奪還した途端、国賊となってしまいます。戦時中、日本政府に仕えた中国人たちや、ナチスドイツに従ったフランス人たちが戦後断罪されたように、中東でも同じようなことが起きていたのです。そのようなレバノンとイスラエルの問題は今も続いていて、映画の撮影もレバノンやイスラエルではなくキプロスで行われたようです。
一方で、この映画は戦争の別のリアルも見せてくれます。激しい戦闘の中でも、公園で遊んでいる子供やお茶を飲んでいる男性がいます。日常と異常の狭間で暮らしている人たちの姿を、連日観ているウクライナからの映像と少し重ねてしまいます。監督はイスラエル出身のミハイル・ボガニム氏。女性監督です。この映画はレバノン目線でもイスラエル目線でもなく、戦争に巻き込まれてしまう女性たちの目線で描かれている点に最大のリアルを感じます。
決して重苦しい映画ではなく、温かな人と人の触れ合いを描いている人間ドラマですが、それがゆえに次に起こりうる不幸というものを想像しながら観なければいけない辛さがありました。そこにこそ戦争の愚かさの本質を見る気がします。見応えのある映画です。日本公開の折にはぜひご覧ください。
そして東京国際映画祭は、明日11月2日にクロージングを迎えます!
「テルアビブ・ベイルート」116分カラー アラビア語、英語、フランス語、ヘブライ語 英語・日本語字幕 2022年 キプロス/フランス/ドイツ
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Profile
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1964年、奈良県生まれ。関西学院大学卒業後、1988年、文化放送にアナウンサーとして入社。その後、報道記者、報道デスクとして現在に至る。趣味は映画鑑賞(映画ペンクラブ会員)。2013年「4つの空白~拉致事件から35年」で民間放送連盟賞優秀賞、2016年「探しています」で民間放送連盟賞最優秀賞、2020年「戦争はあった」で放送文化基金賞および民間放送連盟賞優秀賞。出演番組(過去を含む)「梶原しげるの本気でDONDON」「聖飢魔Ⅱの電波帝国」「激闘!SWSプロレス」「高木美保クロストゥユー」「玉川美沙ハピリー」「NEWS MASTERS TOKYO」「伊東四朗・吉田照美 親父熱愛」「田村淳のニュースクラブ」ほか