7月18日(月)ONAIR 片山右京 DREAM REVIEW レポート!!

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今週もスポーツキャスターの大林素子さんにお話を伺いました。

大林さんは、日本を代表するアスリート
バレーと言ったら、一番に名前が浮かぶ方でもありますよね。

(ちなみに松井アナは、「東洋の魔女」を知らず)

バレーボールのオリンピック母国開催について・・・
大林さんはソウル・バルセロナ・アトランタと出たけれど、アウェイ。
母国で出来るのは、衣食住が楽な場所はコンディションが整えられやすいので、環境もいい。
プレッシャー以上に環境が良い方が勝るので、現役の時に東京でやりたかったという大林さん。

右京さんもF1レーサー時代は日本グランプリに対して同じ気持ちだったかと思いきや、「鈴鹿には国に帰ってきた。母国凱旋な気分。モナコは家から近いな~」と、そんな感覚だったようです。笑

解説者としては、オリンピックの解説も過去4.5回やってきたけど、東京はやっていない。
客観的に初めてTVでオリンピックを見たそうです。
また、「プレッシャー」と言う言葉を使うけれども、マイナスの要素として使っていないという大林さん。
プレッシャーは「期待」だから、良い物の表現としてとらえていたそうです。

出場したオリンピックを振り返って・・・

当時、オリンピック女子バレーは金を取らなくちゃならない、メダルが当たり前で、その期待は嬉しく思ったけど、ソウル大会では4位。
「東洋の魔女」と言われてから、ずっとオリンピックでメダルを取ってきていた中、初めてメダルを取れなかったが、ソウルオリンピック。
エースアタッカーとしての責任が全部来た、当時21歳。
この時は、プレッシャーを嬉しい物とは思えず、負けて背負った物は大きいかったと振り返りました。

試合に負けて、日本に帰ってくる前の2.3日の落ちこみ、帰国後のメディアのバッシングのされ方がひどくて・・・。練習再開されてから「絶対にあんな思いしたくない」と、通常モードで練習に臨みましたが、見返してやろうと強く思ったそうです。

オリンピック3大会ともメダルが取れなかった。
なので、今解説しているのも、選手の頑張りを伝えたいそういう気持ちで取り組んでいるそうです。

昔は、選手の引退も早かったけど、今は長い。
それは、ルール変更やリベロなどの専門のポジションがあり、いわゆる分業制のスペシャリストのバレーになったから。
なので、選手寿命も長い。昔の6人制はマルチに出来なければならないので、体力も必要とされたので、やはり大変だったと思います。

29歳で引退って、もっと出来ると思わなかった?と右京さん

イタリアセリエAから戻ってきたけど、その当時は膝も限界に近く、毎日痛み止めを飲んでテーピングして注射打って、これ以上はないなと思った。29歳のオリンピックがゴールかなと思いました。と、振り返りました。

今は、舞台に立ったりしていますが、29歳で引退して、そこから第二の人生がスタートした大林さん。
子どもの頃から本当にやりたかったことが出来るようになった。と嬉しそうです。

大林さんには次回もお話し伺います。

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