
最年少岩手県議はナゼ実業家になったのか?大竹まことが聞く
お笑い芸人の大竹まことが同世代や全世代の男女に向けてお送りしているラジオ番組『大竹まことゴールデンラジオ』(文化放送・毎週月〜金曜13:00~15:30) 4月4日の放送は、光文社から発売している『関係人口 都市と地方を同時並行で生きる』の著者である、高橋博之氏を招き、話を伺った。
大竹「高橋さんは31歳の時に最年少で岩手県議会議員に当選なさいました」
壇蜜「すごいですよ、これ」
大竹「でもその前は、1974年に岩手県花巻市で生まれた高橋さんは18歳で上京し、失敗、挫折、苦悩、葛藤、虚無ばかりの暗黒時代のような20代を送ったと資料にあります」
高橋「大学2年を3回やったりして卒業はしたんですけど、ことごとくやろうとすることがうまくいかず悶々としていた20代ですね」
大竹「そののち、憧れの新聞社の入社試験を100回以上受け続けましたが全滅」
高橋「全部落ちた、はい」
大竹「そして、政治家の秘書とかいろんなことをなさって、選挙に出ようと毎朝2時間、街頭に立って演説を続け、31歳のとき岩手県議会議員に当時最年少で初当選。すごいですね」
壇蜜「急なジョブチェンですね」
大竹「その後、初当選をなさって2期務めた後、東日本大震災のあった岩手県知事に挑戦します。被災地となった三陸沿岸部300キロを徒歩で遊説すると言う前代未聞の選挙戦を戦い抜き、惨敗なさいました」
高橋(笑)
大竹「そのあちこちで遊説なさっている時に高橋さんは、これからは農山漁村にこそ希望の種を蒔いて行かなければならないというふうに訴えていらした」
壇蜜「このままじゃダメだって思いました?」
高橋「僕は10年ぐらい東京にいましたけど、豊かな消費社会の根っこを支えているのが田舎の農村漁村なんですよね。食料を供給してるし、エネルギーも供給してるし、なんなら大企業で働く人材だって供給する。その我々の源が、大本が、これだけ弱っている。そこが東日本大震災で被災したんですよね。三陸が大変だから、可哀想だから支援するじゃなくて、自分たちの命綱なんだから自分ごととして支えていかないといけないって思いました」
壇蜜「なるほど。そこで立ち上げたのが、どの土地にも等しく自然の恵みをもたらす雨や風、太陽のようにありたいという、株式会社雨風太陽」
高橋「そうですね。もともとはNPOだったんですけど途中から株式会社化して雨風太陽になったんです」
大竹「震災時には、いろいろお感じになった。あっちの方だとフカヒレの材料とかホタテとか、いろんなものが東京とつながってるんですけど、それが工場から何から全滅して」
壇蜜「作れなくなっちゃった」
大竹「なんとかしなきゃいけないってお感じになった」
高橋「三陸の皆さんがもう1回取り戻そうとしている日常と、都市部で生きてる人間が仕事終わったあと寿司食いながら酒飲んでる生活があるわけじゃないですか。それは繋がっているので、その生活を守るためにも命綱の先にいる生産者の世界を自分のこととしてやらないとフェアじゃないと思ったんですね」
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