「生誕100周年　三島由紀夫作のオリジナルラジオドラマを発見！」【アーカイブの森 探訪記#33】

今年1月に生誕100周年を迎えた三島由紀夫。

言わずも知れた日本を代表する小説家であるが、

昭和29年（1954年）の資料にて、

ラジオドラマの台本構成としてその名前を発見した。

ドラマのタイトルは「ボクシング」で、

音楽制作を担当したのは、戦後のクラシック界を代表する一人、黛敏郎氏だ。

物語のあらすじはこうある。

「竹村敏男は、評判のバンタム級選手権保持者である。

 強敵ホセ・ゴンザレスとのタイトル・マッチを扱って、

 不思議な素性のわからない一人の女と恋愛に陥る。

 その女は、拳斗界で「死神」と仇名されている女で、

 その女と出来ているボクサーの試合を、その女が見に来ると、

 必ずそのボクサーは敗けるというジンクスがある。

 試合の当日、第六ラウンドまで、依然好調であった竹村は、

 第七ラウンド、リング・サイドにその女を認めて、

 忽ち不調に陥り、第九ラウンド、観客惘然たる中に遂にノック・アウトされる。」

ボクシングの1試合を、第1ラウンドから第9ラウンドまで

順を追って描くという構成である。

しかし、このラジオドラマには1つとても面白い仕掛けがある。

「主人公である女と、竹村は、セリフを云わず、

 女は、ヒロインのテーマ（クラヴィオリン）により、

 竹村は、試合の実況により間接的に表現される。

 特定のセリフとして登場する人物は、ヒロインを蔭であやつるボスの中年男、

 見物人の中にいる二人の消息通、観客の声、その他スポーツ・アナウンサーがある。」

そう、主人公の竹村とヒロイン的立ち位置の「女」にはセリフが一切ないのである。

竹村は実況で、そして「女」に至っては音楽のみでその心情が表現されるというのだ。

ミュージカルの要素も取り入れたようなドラマになっていたのだろうか。

さらに、その収録方法も独特で、

「ストーリー進行の重要な役割をする中年男のみは、

 最もドラマティックに扱われ、他のセリフは、何れも芝居をせず、

 無表情、事務的に扱われた。

 （中略）

 観客の現実感を出すため、一般素人の有志から何組か録音した部分もある。

 実況のアナウンスは、佐藤利彦アナが担当、

 三島氏の台本に基いて、佐藤アナが架空の試合を構成、

 あらかじめ収録された試合のノイズに乗せて熱演した。」

極力登場人物のセリフは少なく、

重要な部分以外は非常に淡泊に描かれていることが分かる。

さらに、試合の部分は現実の試合の音を使用したり、

スタジオにボクサーを招いて収録したりという記載もあり、かなりのこだわりが見える。

最後に、三島氏はこの「ボクシング」についてこう語っている。

「私はラジオ・ドラマという形式に、今まで魅力を感じたことがない。

 今度黛氏から台本を頼まれたときも

 『決してラジオ・ドラマを書くのではない』という気持ちで引受けた。

 音が語る台本。そういうものを書きたいと思った。

 本当はセリフも使いたくなかったのだが、使わないわけには行かなかった。

 そこでふつうの会話を避け、無言の相手との独自的対話や、

 何ら心理的なものを含まないスポーツ消息通同志の対話だけにとどめる。

 ナレーションは一切使わない。

 そして主人公と女主人公にはセリフを云わせず、音の表現のみに任せたのである。」

この言葉から、三島氏の意図が色濃く反映されたドラマになっていることが分かる。

本当はセリフすら使いたくなかったというのだから驚きだ。

ラジオならではの徹底的に「音」の表現を重視したラジオドラマ。

どのような内容で、それを音でどう伝えてくるのか。

ぜひとも聴いてみたいばかりだが、果たして音源は眠っているのだろうか・・・。

引き続き調査していきたい。

ということで今回は、

生誕100周年を迎えた三島由紀夫氏脚本のラジオドラマについて資料を発見した。

主人公のセリフを極力抑え、音や周りの語りで進行していくという

挑戦的かつラジオならではの内容で、非常に興味深いものであった。

今後も文化放送に眠る資料から、

気になる話題をピックアップしていきますので、更新をお楽しみに！！

執筆：日比隊員