【アナコラム】高橋将市「入社当時の思い出話」
文化放送メールマガジン(毎週金曜日配信)にて連載中の「アナウンサーコラム」。週替わりで文化放送アナウンサーがコラムを担当しています。この記事では全文をご紹介!
▼4月5日配信号 担当
高橋将市アナウンサー
私は2000年4月、文化放送に入社しました。
まだ四谷に社屋があった時です。
私も含め同期は5人。4月1日の入社式に出席し、本格的に社会人生活が始まりました。
研修スタイルは会社によって違うと思いますが、私の場合は入社前の2月から始まりました。
まず2月の1ヶ月間はアナウンス研修です。当時の第5スタジオで、アナウンス部長をはじめとした先輩方とマンツーマンで発声練習や滑舌練習を行い、更にニュース原稿読みなど放送に近い業務の研修を受けました。
3月に入ると他の同期とともに、社内各部の研修に入りました。技術研修では川口の送信所を見に行ったり、報道部の研修では実際にニュース原稿を書いたりしました。
入社後はすぐに実際の放送現場の研修に入りました。
入社した週の週末には先輩アナについて泊まり勤務の研修を行い、翌週から泊まり勤務がスタート。入社2週間後の土曜午前5時のニュースが私の「初鳴き」、アナウンサーデビューでした。この時はとにかく放送時間内に納めることで必死だったことを思い出します。
入社して3週間強でプロ野球中継のレポーターを初めて担当するなど、少しずつ仕事が増えていきました。あの頃は日々の仕事についていくのに一所懸命で、先輩たちみんなが凄い存在に見えたものです。
そんな私ですが昔から老け顔で、球場などで他社の方にご挨拶すると「他社から移籍されたんですか?」とか「他部署から異動されたのですか?」と聞かれたのを思い出します。貫禄だけは入社直後から一人前にあったようです(笑)。
あれから24年、スポーツ実況やワイド番組のレポーター、オフワイドのパーソナリティなどさまざまな仕事を経験し、オリンピックの中継にも参加させてもらえました。スポーツの面白さや素晴らしさを目の当たりにできるこの仕事は、やはり素晴らしい仕事であり、スポーツ中継に携われることに今も感謝しています。
これからも入社当時と変わらぬ熱い思いを持ち続けて、皆さんに喜んでいただける中継・放送をお届けしたいです。
▲23歳・入社当時の社員証の写真
▲47歳・小学校へ出前授業に行った際の写真