7月から、クボジュンさんがリモートで復活しています!

 

今週もクボジュンさんがニューヨークで出会った友達をリスナーの皆様に

ご紹介する企画をお送りしました。

 

「久保純子。ニューヨークでも友達100人出来ました!!!」

 

先週に引き続き、ニューヨークを拠点に世界で活動するアーティスト

松山智一さんにご登場いただきました。

 

少年時代について伺いました。

 

岐阜県高山市出身の松山さん、遊ぶ場所が山と川しかなかったと言います。

 

お寺で缶蹴りや、木に蜜を塗ってクワガタ捕りなど、典型的な田舎の生活を

していたそうです。

 

子供の頃から絵は好きで、図工の時間に描いた絵が選ばれて、校内に

飾られていたのだとか。

 

8歳の頃、ご両親が突然、思い立ったかのように、家族で勉強しに行くと

言い出し、小学校3年生から6年生の間はアメリカ西海岸で暮らしていた

そうです。

 

小学校6年生で日本に戻ってからは、大学を卒業するまで日本で過ごされ、

卒業後に再び渡米されました。

 

ニューヨークは冷たい街だと言う松山さん。

 

「ニューヨーク」は片想いしていないと駄目だ、と。

 

ニューヨークは永久に追いかけていたい、冷たくされた方が頑張れる、

振り向いてくれないこの街が、永久に夢を与えてくれる、と語る松山さん。


 

松山さんは「才能」という言葉が一番嫌いだと言います。

そんなものは存在しないと。

 

さらに「もちろん、技術的に人より秀でている事はある。

スポーツであれば生まれ持った体の資質というものがあるかもしれない。

アートに関しては全く無く、続けられるかだけ」と松山さんは語ります。

 

松山さん曰く「アートの世界では、続けると決めた人で食べられていない

人を見た事が無い」と。

 

「続けられさえすれば、続けるガッツがあれば、必ずどうにかなるので、

ニューヨークに来るのであれば続けることです」と語ってくださいました。

 

 

松山さんがニューヨークに来て1年目に、お母様のご友人に言われた、

「ニューヨークは呼吸しているだけで辛いからね」という言葉が衝撃的で、

よく覚えているとおっしゃっていましたが、8歳の時に突然、両親から

「勉強しに海外に行く」と言われるのも、なかなか衝撃的です。。。

 

 

来週も素敵なゲストをお招きします。

 

お楽しみに! See you

 

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【本日の1曲目】 フォーリン / アリシア・キーズ 

【松山智一さん選曲】 アラスカ / マギー・ロジャーズ 

【本日の3曲目】 ラヴェンダー・リップス / 河合奈保子 

(文/スタッフC)


【久保純子 My Sweet Home】 2020年9月20日 10:00