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PART1 くにまる東京歴史探訪
ONAIR REPORT
10月14日(火)〜10月17日(金)
今週は、「くにまるセンチメンタル・ジャーニー」。 私、野村邦丸が、幼い頃暮らしていた京浜運河界隈、 JR鶴見線沿線を旅してまいります。

10月13日(月)放送分 + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +

コーナーはお休みしました。

10月14日(火)放送分 + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +
今日は、「浜安善駅」をご紹介いたします。
鶴見線の旅。 今、あたかも電車に乗って旅立ったような雰囲気でしたが、 なにしろ、ダイヤを見ると一時間に2、3本、 路線によっては1本しかありませんから、今回の取材は車。 まず、私にとって懐かしい「大川」駅に向かったのですが、 カーナビの命ずるとおりに走っていくと、 まったく違う場所に出てしまいました。 目の前には「浜安善」という今はもう使われていない駅、 突き当たりは運河、そして左側には昭和シェル石油の工場、 右側にはなんと、アメリカ軍の石油基地があったんです。我々の感覚ですと、線路が道路を横切る場所には 踏切があるものですが、ここにはそれがございません。
石油を満載した貨車がやってくると、 係員の二人のシャキッとした男性が飛び降りてきて、 道路に降り、旗で合図して通行を遮断しておりました。 (カーナビが間違ってくれたおかげで、 まるで運命の導きのように、我々はこの珍しい、 米軍基地への石油輸送現場を目撃することができたのです。) ちなみに、この「浜安善駅」ですが、 大正十五年に開業した当時は、周りが石油コンビナートだったことから駅名は「石油」でした。凄いストレートな名前ですよね。

10月15日(水)放送分 + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +
今日は、「大川駅」をご紹介いたします。
京浜工業地帯の埋立地に出来た工場で働く人たちや、 そこで必要な材料や、出来た品物を運ぶためにできた鉄道、 鶴見線。 その歴史は古く、開業したのは大正十五年(1926年)、 今から八十二年前ということになります。 今日は私にとって思いで深い「大川」駅のあたりを ご紹介いたします。(この「大川」という駅名は、日本の製紙王といわれ、埋立てに大変力を尽くした大川平三郎(へいざぶろう)にちなんで命名されており、 ほかにも「安善」は、オノ・ヨーコさんのひいおじいさんにあたる実業家「安田善次郎」。 「浅野」は浅野セメント、浅野財閥創始者の浅野総一郎、 「武蔵白石」は日本鋼管の白石元治郎(もとじろう)など、 ある意味、イージーな命名が多いのが、鶴見線の特徴です。)
この大川に立つと、いろいろな思いがフラッシュバックして参りました…昭和8年(1933年)、アララギ派の歌人・土屋文明(つちやぶんめい)は、鶴見線沿線を訪れ、たくさんの歌を残しました。今日は最後に、そのうちの二首をご紹介しましょう。「貨物船 入り来る運河の先になお 電車の走る埋立地見ゆ」 「われ一人 ありて歩める運河の岸 青き潮干は しばしだに見む」

10月16日(木)放送分 + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +
今日は、「新芝浦駅」をご紹介いたします。
(鶴見線の旅、本日は三日目です。 浜松町から京浜東北線に乗って、多摩川を越え、 川崎を過ぎた次の駅が「鶴見」。ここから京浜工業地帯、まん真ん中の埋立地に向かう電車が「鶴見線」です。)手に持って髪の毛を梳かす「櫛」を思い浮かべてください。持ち手のところの端が鶴見。それから真っ直ぐ伸びていくのが鶴見線の本線で、3本の支線が、櫛の歯のように伸びていく、これが鶴見線の形なんですね。
本日の行き先は、3本の櫛の歯のうち、いちばん鶴見に近い「海芝浦支線」です。ホームからの運河の眺めが、何とも言えず趣のある新芝浦。 駅の目の前に、東芝の社屋が見えるのですが、 守衛所がとてもモダンなデザインで、 いかにも昭和を感じさせる雰囲気のある建物でした。 そして海と鶴見つばさ橋、横浜の景色が楽しめる、かわいらしい「海芝公園」のある海芝浦。 今回は残念ながら行けませんでしたが、 またいつか、訪れてみたいと思います。

10月17日(金)放送分 + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +
最終日の今日は、「国道駅」をご紹介いたします。
我々 取材班一行は、埋立地の旅を終えて、 鶴見駅近くに戻って参りました。 鶴見線の旅、最後の目的地は「国道」駅。 国道15号線のすぐ脇にあるということで、 名づけられた駅でございます。 (こちら、様々な映画やドラマなどのロケに使われておりまして、たぶん、ラジオをお聞きの皆様も、 「あ、この景色見たことある」と思われるはずの場所。) 鶴見駅と国道駅の間の高架下は、開通当時から「貸室」としてテナントを募集しており、戦前にはたいそう、人気があったそうです。国道駅の高架下には、「港に臨む」と書いて「臨港デパート」が開店して、大変な賑わいぶりだったとか。
さて、現在の国道駅高架下はどうなっているのか、 ちょっと出かけて見ましょう。この国道駅、国道の反対側に出ますと、そこは旧東海道。 両側には魚の卸屋さんがズラリと並んで、 由緒ある町並みの雰囲気を味わえます。 旧街道を西に歩けば、薩摩藩士がイギリス人を殺傷した 「生麦事件」の現場もすぐ近く。 江戸から昭和にかけての歴史を、肌で感じることのできた、 実り多い旅となりました。
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