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6月20日(月)〜6月24日(金)「東海道五十三次」をテーマに お送りしてまいります。
6月20日(月)放送分 + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +
第一回の今日は、日本橋です。
日本橋に最初に橋が架けられたのは、1603年(慶長8年)のこと。
長さ37間4尺5寸といいますから約69メートル、幅は4間2尺5寸、
約8メートルありました。
これまでに20回ほど架け替えられ,現在の橋は,1911年(明治44年)
に完成したものです。
現在の橋は石造、存在感のある重厚な造りで、なかでも青銅製の照明具の
見事な装飾は一見の価値あり・・・です。
「にほんばし」とひらがなで書かれた題字は、最後の将軍・徳川慶喜が書いたもの。
ここから東海道のゴール、京都・三条大橋までの距離は、およそ496キロあります。
江戸時代、江戸から京都までは、12泊13日、あるいは13泊14日で
旅するのが標準でした。
1日に歩く距離は10里、およそ40キロ。
この距離を考えると、七つ、今の時間で午前4時頃に出発する必要があったんですね。
それにしても、昔の人の健脚ぶりには感心させられます。
6月21日(火)放送分 + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +
今日は、神奈川宿です。
お江戸日本橋から7里、約28キロ。
川崎に続く2番目の宿場が神奈川です。
1858年(安政5年)、日本は開港し、神奈川も開港することになりました。
しかし、東海道の宿場である神奈川に外国人が増えることを嫌った幕府は、
少し先の小さな漁村、横浜村を神奈川の一部と言い張って開港しました。
横浜の発展は、この時から始まったのです。
欧米人と日本人の仲介をしたり、貿易を行ったり、中国人の活躍が目立ち、
1868年(明治元年)には1000人を超す中国人が横浜にいた、
と記録に残っています。
関東大震災や横浜大空襲によって壊滅的な被害を受けましたが、その
つど復活、現在では、年間1800万人の観光客が立ち寄る観光地と
なっています。
400メートル四方の中華街には、200軒の中華料理店のほか、
さまざまな商店が集まり、賑わっています。
また、JRの東神奈川駅ちかくには、神奈川開港前に置かれた各国の
領事館跡や旧跡があり、歴史ウォーキングのファンの姿が見られます。
6月22日(水)放送分 + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +
今日は、岡部宿です。
お江戸日本橋から48里、190キロほどのところにある小さな宿場。
ここは、交通の難所・宇津之谷峠(うつのやとうげ)近くの宿場として
栄えました。
この宿場では、時折り、旅人を楽しませる食べ物が食膳にのりました。
それはマグロ。
宿場の南、駿河湾に面した焼津は、江戸時代からマグロ漁で知られて
いました。
焼津のマグロ漁は、1960年代に一段と大規模なものになり、
現在でも全国有数の水揚げがあります。
東海道の旅人を楽しませた味覚は、21世紀を健在です。
それにしても、昔の人の健脚ぶりには感心させられます。
6月23日(木)放送分 + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +
今日は、舞坂宿です。
東海道30番目の宿場、舞坂。
お江戸日本橋から68里、263キロのところにあります。
江戸時代、舞坂と次の新居(あらい)との間は、約1里を舟で渡りました。
新居には関所があり、箱根と並ぶ東海道の要所でした。
浜名湖の名物といえば・・・。
そう、スッポン。
舞坂には、東海道でただ一つ、脇本陣が残されています。
大名などが利用した本陣に次ぐ格式の宿泊施設で、一般公開されています。
また、700メートルにわって続く松並木も保存され、昔そのままの
旅気分を味わうことが出来ます。
新幹線ならば、あっという間に通り過ぎてしまう浜名湖ですが、
のんびり眺めるのも格別です。
6月24日(金)放送分 + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +
今日は、銀座のシンボル、和光の時計塔です。
遠江(とおとうみ)の国、袋井宿。
ここは日本橋からも、京都からも27番目の宿場。
東海道五十三次の「真ん中の」宿場です。
お江戸日本橋からの距離は58里、230キロです。
袋井の宿場が出来たのは1616年(元和2年)。
宿場と宿場の間隔が、4里、16キロもあったので、旅人の便宜の
ために新しく設けられたのです。
さて、この袋井、現在は静岡県袋井市ですが、ある農産物で全国に
知られています。
それは、メロン。
ガラス温室で栽培されるクラウンメロンの生産額で、2位以下に
大差をつけて日本一なんです。
現在、市内のメロン栽培農家は、およそ300軒。
1927年(昭和2年)に栽培が始まり、全国の市町村別の生産額で
首位の座を守り続けています。
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