年1回、社員の働きがいと幸せを追求する企業を表彰する第3回「ホワイト企業大賞」において、特別賞の「人間力経営賞」を受賞した栃木県の有限会社アップライジング。専門は、中古タイヤ販売と買取修理であるのだが、何が評価され、その受賞に至ったのか?アップライジングの齋藤幸一社長に、プロゴルファーで文化放送『The News Masters TOKYO』パーソナリティのタケ小山がマスターズインタビューを敢行した。
◆プロボクサー引退後のセカンドキャリア
学生時代にはボクシングで全国に名を馳せ、プロボクサーとして活動していた齋藤社長。24歳で現役を引退し、選んだのは、プロボクサーの時に使っていた健康食品の販売の仕事。しかし、武士の商法とでもいうのであろうか。ことは上手くいかなかった。
齋藤「売れなくって借金いっぱい作っちゃって。そこで廃品改修みたいな仕事を始めてゴミステーションに出せないような、タンス・ベッド・冷蔵庫を引き取ってました。その仕事を始めて良くなっていきましたね。」
タケ「その中から中古タイヤに?」
齋藤「そうなんすよ。”このタイヤ捨てて”って言われたんですけど”これ捨てちゃうんすか!?勿体なくねえすか!?まだまだ使えますよ!”っていうことがありまして」
売りたい気持ちはある。だが、店舗を構える程の資金はない。そこでネットオークションに目をつけ、出品したところ全国から入札が殺到した。これを契機に、齋藤社長はタイヤに特化することを決意する。借金を返済する日々を過ごす中、日本が未曽有の大混乱に陥った2011年3月11日、東日本大震災を迎える。
その最中、懇意にしているラーメン店の店主から炊き出しに誘われた。
齋藤「行っても何もできないっすよ?」
と言いつつも、引っ張られる形で気仙沼へ。灯りもなく、そして舗装も完了していない道をひたすら進む一向。生々しい爪痕の残る気仙沼にて、齋藤社長はラーメンを手渡す係を担当した。そこで、あるおばあちゃんが「温かいものが久々に食べられること、さらにあなたたちが栃木から来て、励ましてくれたことが嬉しい。」と言って涙をボロボロ流したという。
齋藤「人の喜び我が喜びだ!と思ったんです。」
この炊き出しの経験から、困りごとを解決することを趣味にすることを決意したのだった。
◆アップライジングは、タイヤを売らないタイヤ屋さん
タケ「タイヤ屋さんだから、タイヤはあるんですよね。タイヤ以外もあるんですか?」
齋藤「ありますね。宇都宮店に入るとすぐ”猫ルーム”があるんですよ。猫ルームがあれば、ガラスの向こうから癒されたり、待ち時間に遊べたり。」
驚くことに、そのほとんどが捨て猫だったそうだ。NOとは言わない齋藤社長は、時に社員が拾ってきた捨て猫さえも引き取ったのだ。タイヤ購入を検討する顧客の大半は男性と思われがちだが、こうしてできた猫ルームが、アップライジングの顧客男女比を1:1にしている。さらに、猫ルームの他に「無料レンタル会議室」も備えている。これが地域の奥様方やPTA、さらに会社に好評で高い頻度で使われるのだそうだ。
タケ「それで商売になるんですか?」
齋藤「会議室を10回も20回も借りながら、タイヤを他のところで買おうって人はあんまりいないんじゃないかな。それでウチで買わなくても、中古タイヤをウチに売りに来てくれればそれでいいんで。タイヤをあっちで買って、中古タイヤはアップライジングに…そんなぐらいで良いと思うんです。」
このどこまでも下心のない地域貢献の構えこそが、齋藤社長の魅力でもあるのだ。
◆6割が元訳アリ社員。その強みとは
齋藤「うちのスタッフ、凄く良い人がいっぱいなんです。元訳アリな方が多くて、例えば、児童養護施設に入っていたとか、薬物に手を出したとか、障害を抱えていたりとか、高齢者とか」
しかし、その誰もが人生を変えるつもりで、働いているという。逆にそういった障害者などについて、「こうしたら働きやすくなるのでは」「この仕事に向いているのでは」と考えるきっかけを与えるため、そこで働く健常者を含め人間力が鍛えられるのだそうだ。
タケ「そういった人たちを雇い入れるときのアドバイスはありますか?」
齋藤「できる仕事を見つけられるまで探し続けるっていうことですね。」
アップライジングには、障害を抱えつつも、筋トレを趣味とするタイヤ剥がしの名人がいる。タイヤ剥がしは、力が必要になる重労働なのだそうだ。さらに、タイヤ仕分け担当の視覚障害の女性もいる。彼女の場合、掃除、事務作業、タイヤ洗い…、様々な仕事を体験させるも上手くはいかなかった。最後の最後に、体験させた輸出用タイヤの仕分け。これに関しては目を見張るような結果が出たのだという。
齋藤「その人に合った仕事を最後まで諦めずに探し続けて、見つけてあげることが経営者の仕事なんじゃないかなって思いますね。」
◆ホワイト企業としてのアップライジング
2017年2月にホワイト企業大賞の「人間力経営賞」を受賞したアップライジング。受賞できたのは前述の通り、社員一人一人が元訳ありとは思えないほどの行動や仕事ぶりを発揮し、それが評価されたと齋藤社長は分析している。
そうした社員のモチベーション維持。それは毎朝唱和するという社訓にあった。その社訓がコチラ。
【社訓】
一:常に謙虚で人に感謝し、人から感謝される人間であれ
二:自分を許し、他人を許せる人間であれ
三:現状に甘えず、一生学び続ける人間であれ
四:磨け、磨け自分を磨け タイヤとホイールと自分を磨け
齋藤「人に感謝することに重点を置き、それが出来ないと、人間として駄目だなと。」
他にもこういった取り組みを行っている。
齋藤「地域の小学生に元気に挨拶をすれば、小学生も元気になるんじゃないかってことで、挨拶運動をやっています。挨拶禁止なんてありますけど、それでは日本は良くなんないんじゃないかな。他人でも挨拶できる。そんな日本の方が良いじゃないすか。」
さらにタケはこんな質問も試みる。
タケ「社員の幸せを願うも実現できない企業もありますね。どうお考えですか?」
齋藤「社員を物のように扱うのは良くないんじゃないですかね。社員がいて、取引先がいて、地域社会があって、お客様がいる。最後の最後に自分たちの利益をなんとかする。この順番が大切なんじゃないですかね。」
社員をどこまで大切にできるかというのが重要と説いている齋藤社長。お客様は神様とは言うが、それよりも大切なのが社員なのだそうだ。
◆海外進出と今後の未来
アップライジングには技能実習生制度でベトナム人が9人きており、難しいアルミホイールの修理を学んでいるそうだ。しかし…
齋藤「3年間学んで、ベトナムに帰ってもアルミホイールの修理工場とかないんですよ。なかったらせっかく日本で学んだ技術と、アップライジングの人間力経営を披露する場所がない。これはもったいない!だったらベトナムにアップライジングを作ってしまおうと考えたんです。」
技術はあっても、開業資金はない。そんなベトナム人社員を助けるべく、アップライジングのベトナム現地法人を来年立ち上げる予定だそうだ。
こうしたプロジェクトを受けて、貧しい人に無担保で少額を貸すバングラデシュのグラミン銀行、その創設者であるムハマド・ユヌス氏はこの考えに大いに共感。バングラデシュへの出店計画も決定したという。
最後に齋藤社長に今後のビジョンについて伺った。
齋藤「綺麗事ばっかり言っている様ですが、そのような会社が増えてくれればいいと思ってます。そういった会社が日本から海外へ進出し道徳を伝えることで地球がよくなる。大企業ばかりでなく、中小零細も勇気を出して海外進出して少しずつ世界を変えていきたいですね。」
ホワイト企業大賞『人間力経営賞』は齋藤社長のどこまでも人を尊重し、感謝し、そしてそれを喜びとする精神が源となっていた。齋藤社長が行っているのは、言っては悪いがどれも難しいことではないし、非常にシンプルである。しかし、それを根気強く続けることに関しては、そう簡単に真似できるものではないし、本当に頭が下がる。現にそれが実を結び、アップライジングの輪がベトナム、さらにバングラデシュへと波及している。栃木県宇都宮市から生まれた人間力経営は、少しずつ地球を変得ていることには違いないのだ。