文化放送・The News Masters TOKYO・『マスターズインタビュー』今回のお相手は、神奈川県鶴巻温泉の旅館「元湯陣屋」の女将・宮崎知子さん。結婚相手の実家であった「元湯陣屋」は、将棋のプロ棋士を招いての将棋会場になっているだけでなく、明治天皇も宿泊したこともあるほどの由緒ある旅館。1泊およそ4万円という強気の値段設定ながら、現在は予約の絶えない状況が続いているという。しかし、もともとは10億円もの負債があった倒産寸前の状況だったという。女将経験ゼロの宮崎さんはどのように改革を断行したのか、番組パーソナリティ・タケ小山が迫った。
◆老舗旅館は問題だらけ
タケ「最初の印象はどんなものでしたか?」
宮崎「まずいなというのがありまして、まずお客様の情報が共有できませんでした。」
当時の元湯陣屋は、単体タスクで、人数が多すぎたのだ。社員20名、アルバイト100名、客室20部屋。お客の情報が伝わっておらず、迷惑をかけている状況だった。ある常連客は、「いつも宴会の終了10分前にタクシーを呼ぶはずがあるときに来ていなかった。」と憤慨。
タケ「何故このようなことが起こったのでしょうか?」
スタッフから返ってきたのは、「いつも電話しているフロントの〇〇さんが今日は休んでいる」「私は電話する係じゃないから」という意見。責任感も分散していた。
「言われたことしかやらない。動かずが吉」の状況を抜本的に変えないと、という危機感が宮崎さんに芽生えた。2009年の10月に女将に就任、11月に方針を決めて、12月には二つあるうちのレストランを一つ閉めた。
タケ「反発はなかったんですか?」
宮崎「あったかもしれません。このままだとまずいということで、状況をすべて従業員に公表しました。」
意外なのは、これだけの行動に出ながらも、再建できるとは思っていなかったという点である。
宮崎「ただ、人に任せて、やっぱりできません、は逃げ道がないです。自分たちがやった方がいつ資金がショートするかわかるので、自分たちでと思って後を継ぎました。」
◆ 旅館もITでマルチタスク化
当時の問題点は他にもあった。当時の元湯陣屋は、全てがアナログ。宿泊台帳はA2サイズのもの1冊を共有。HPはそこから直接予約もできたわけではなく、個人の趣味のページのようで訴求力も乏しいもの。挙げていくとキリがないほど、すべてを変えないといけないと思った宮崎さんであった。
タケ「そこでIT導入をしますが、どう変わったのですか?」
宮崎「どこにどれだけムダがあるかもわからなかったのです。それを明確化するためにデジタル化が必要でした。ただ、ITを導入したから”バンザイ!”ではありません。」
頑張れる環境を整えて、仕事を「マルチタスク化」したのだ。例えば、サービス係りがお迎えからご飯の案内から布団敷きからお見送りまで行うように。
タケ「結果が出るにはどれくらいかかったのですか?」
宮崎「2年くらいです。」
スタッフにとっては、データをなかなか活用できるシーンが少なかったので、やっていることが正しいのかという疑心暗鬼に応えられなかった時期は精神的につらかったとも当時を振り返る。
◆週休3日で売り上げが倍!?
元湯陣屋は、2014年に業界では異例の週休3日制を導入。しかも、宿泊単価は9800円から3万5000円にアップしている。この強気な姿勢は着実な成果を上げており、売り上げは倍、さらに社員の年収は4割アップ(年収398万円)を果たした。それでいて離職率は33%から4%に激減。このからくりにタケが食いつく。
タケ「驚きの週休3日。これはどういうことですか!?」
宮崎「主人と私で3年間休まずに働いたら体がおかしくなったんです。」
自分が無理なら、同じスピードで頑張ってきたスタッフも疲れている。さらにこれではお客にも迷惑をかけてしまうと考えた宮崎さん。倒産は免れたので、事業継続へのギアチェンジをする際に、週休3日を取り入れたのだ。
タケ「それでいて売上は倍で、従業員の年収は4割アップ。なぜですか?」
宮崎「生産性が上がったんです。」
木曜日~日曜日は全力で働き、月曜日は有給休暇の推奨日。夕食と宿泊の予約を取らなければ、半分の人数で回せるのだそうだ。これにより気持ちをリセットできる。休日を自由に使ってもらい、休むもよし、遊ぶもよし、副業もよし。サービス業なので、そこで経験したすべてが従業員自身の提供サービスにフィードバックするという理屈だ。
しかし浮かぶのはこんな疑問。
タケ「休むのは、もったいないのでは?」
宮崎「お休みがあるから頑張れるというのもありますし、お休みの効果としては、スポーツでいうレギュラーメンバーでいつも戦えます。」
補欠がいない分、チームワークが向上し、営業中は全員で迎えるという連帯感が生まれた。週休3日、実に良いことずくめである。
◆旅館業を憧れの職業に
働き方を改革した宮崎さんは、新卒採用にも精力的に取り組んでいる。その先には、ある思惑があった。これだけの改革を行ったのでさぞかし紆余曲折があったのではと想像される。しかし・・・
タケ「従業員からの反発もあったのでは?」
宮崎「反発は、あったかもしれないけど気付かなかったです。正直、眼の上のたんこぶでいいやと思っていました。」
教師や上司が飲み屋で、酒の肴になるのは世の常。「そういうものかな」と思っていたと語る宮崎さん。女将経験がないにもかかわらず、実に肝が据わっている。
この10年で旅館は25%減り続けており、後継者がいない、加えて生産性が低いので、従業員が疲れ果てているということで、元湯陣屋のように改革を行えずに、閉じてしまった旅館も多いのだそうだ。決して好調とは言えない状況がうかがえる中で、新卒採用を行い、この4月には7人もの新入社員が入社予定とのこと。そこには宮崎さんのこんな想いがあった。
宮崎「旅館業を憧れの職業にしたいをグループのスローガンにしています。」
本人にはやる気があっても、保護者の方が「大学を出たのにサービス業だなんて…」と悲観されるケースも少なくないという。宮崎さんは「やりたいならやりなさい」と言われる仕事にするために、旅館でもビジネス的にも成り立ち、人生をかけて取り組む仕事にするという、業界のイメージ改革にも尽力している。
◆旅館業の未来
現在宮崎さんは、元湯陣屋に導入した管理システムを他の旅館に提供しているほか、スタッフの融通、メニューのサポートなど、全国の旅館をつなげる仕組みを導入している。
宮崎「資本関係がなくても助け合い、そして後ろから地方の旅館を支えられたらと思っています。」
全国には300~500年続いている旅館がたくさんある。それはただの宿泊施設ではなく、もはや地域の文化の担い手である。ここにM&Aで大手資本が入ると、雇用は守れても、文化は守れないこともある。
宮崎「大手資本のお世話になるのも選択肢ですが、そこで踏ん張ってもらう方が国としても、観光産業としても良いと思っています。身近にあるけれど気付かない魅力があるということを最近しみじみと感じるんです。」
神奈川県の秦野は、地元に住んでいる人からすると、観光地や名物がないと思われているが、他の地域の人から見ると発見があり、全国にはそういう例がたくさんある。
もちろん、一つの観光地でこれを行うのもありだが、元湯陣屋では、現在箱根オーベルジュとの連泊プランを出している。例えば1泊目の元湯陣屋は和食、2泊目のオーベルジュはフレンチを出す。ドライブし、寄り道しながら秦野~箱根間の移動だが、この仕組みを地方に持って行きたいと宮崎さんは考えている。
宮崎「隣の温泉郷などを結んで、点と点を線につないで、地方の観光地や街に人を観光客を送り込むことができたら」
経験ゼロから旅館業に飛び込んだ宮崎知子さん。10億円の負債の返済目途はすでに立っており、今では旅館での働き方だけでなく、旅館業界の生き残り、地域産業について考えを巡らせるステージに立っている。「旅館業を憧れの職業に」この壮大なイメージ改革への施策は、旅館業界のみならず、同じ悩みを抱える他の業界にも応用できるのではないだろうか?
文化放送『The News Masters TOKYO』のタケ小山がインタビュアーとなり、社長・経営者・リーダー・マネージャー・監督など、いわゆる「リーダー」や「キーマン」を紹介するマスターズインタビュー。音声で聞くには podcastで。The News Masters TOKYO Podcast
文化放送「The News Masters TOKYO」http://www.joqr.co.jp/nmt/ (月~金 AM7:00~9:00生放送)
こちらから聴けます!→http://radiko.jp/#QRR
パーソナリティ:タケ小山 アシスタント:小尾渚沙(文化放送アナウンサー)
「マスターズインタビュー」コーナー(月~金 8:40頃~)