マスターズインタビュー Master’s Interview

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不安しかない 急成長する『串カツ 田中』の社長は、不安経営?

文化放送「The News Masters TOKYO」マスターズインタビュー。今回のインタビューのお相手は『串カツ 田中』社長・貫啓二さんです。首都圏を中心に快進撃を続ける『串カツ 田中』。出店するのは住宅街、社長の苗字は「貫」なのに店名は「田中」…様々な疑問を抱えたThe News Masters TOKYOのパーソナリティ・タケ小山が、インタビューを行った。

◆「『串カツ 田中』誕生までの軌跡」と「なぜ田中なのか?」

最初に経営したのはショットバー。「料理はできないが酒ならできる」と安易な発想だったと自身で当時を振り返る貫さん。その時、後の『串カツ 田中』の副社長となる田中さんが、アルバイトで入ってくる。田中さんは、徐々にランクアップし、さらには二人で徐々に事業を拡大。デザイナーズレストランや京懐石のレストランをオープンにまで至った。

タケ「それで、選んだのが串カツですか?」

貫「串カツを選んだというより、田中が前から串カツをやりたいと言っておりまして。」

しかし、なかなか縦に首を振れなかった貫さん。研究はしてみたが、思っていた以上に串カツを作るのは難しく、田中さんの父親のレシピを記憶を頼りに作ってもうまくいかなかったという。

2008年、リーマンショックが起きた。会社は倒産しかけていた時だったが、偶然にも田中さんの父親のレシピが発見される。その通り串カツを作ったところ美味しくできたことから、「最後にやれる範囲で」という謙虚な想いでできたのが現在の一号店である。

世田谷の住宅街。そこに居抜きで出店。厨房機器などはネットオークションで買うなど、少額の資金で開店までこぎつける。

「串カツで当てるぞ!」とは思わず、「上手くいったら倒産せずにすむな」程度にしか思っていなかったため、当時はチェーン店にするつもりはなかった。

◆なぜ、住宅街に出店するのか?

『串カツ 田中』は他の飲食店とは異なり、店舗の8割が繁華街ではなく住宅街にある。しかも一号店は住宅街で、何か目的があって人が集まる場所ではなく、毎日同じ人が出勤・退勤・買い物で通るようなエリアでしかない。

貫「リピートがないと半年でダメになります。しかし、それが10年繁盛してやっていられるということは”使い勝手がいい店”になっているのだと思います。」

渋谷、新宿、大阪の難波、道頓堀みたいなエリアは日本中にいくつあるだろうか。しかし、住宅街なら日本中地方に行ってもたくさんある。こうした出店エリアが広いのが、『串カツ 田中』の強みである。

タケ「なぜ、住宅街で成功したのだと思いますか?」

貫「地域密着で”串カツが食べたい”っていう人も来てくれていますが、『あそこでいいじゃん』という安心感や価格、雰囲気、ファミリーで子供が好きというのがあって、うちのお客さんになっています。」

このように、マーケットの広さゆえに住宅街でも成功を収めているのだ。そもそも、都心のビジネスのやり方と住宅街のビジネスのやり方は全く違う。当然、マーケットサイズが違うので、価格も決まってくる。さらにターゲティングも変わるため、都心で成功している事業が住宅街に出てくるのは非常に難しい。『串カツ 田中』は住宅街から都心に持って行ったので、割と簡単だったと分析している。

タケ「このまま出店していくとしたら、住宅街でしょうか?」

貫「比率としては、このまま住宅街が多めになっていくと思います。」

◆成長と『串カツ 田中」の企業理念。

貫さんは『串カツ 田中』を始める前、BARやデザイナーズレストランを経営していた。今でこそ、飲食店業界で台頭著しい経営者は何を考え、何を見ていたのだろうか。

タケ「当時の経営を振り返ると?」

貫「本当に何も知らなかったです。数字の見方や、専門用語もアルバイトの人に教えてもらっていました。飲食も経営も素人、苦労するのが当然でしたね。今みたいにSNSもなかったので、情報交換なんてものもなかったです。」

経営に関する知識はおろか、長期的な見通しもなかった。しかし、その時は必死で、その都度正しいと思ったことをやっていたという。

貫「20年前、『串カツ 田中』をやっていたら、天狗になって5店舗くらいで終わっていたと思います。」

貫さんは、『串カツ 田中』をやってから、お客や従業員にも喜んでもらえるようにするにはと考えるようになったという。一見、「『串カツ 田中』を育てた」「経営戦略が上手くなった」とも思われがちだが、本人としては「『串カツ 田中』に育ててもらった」というイメージが大きい。そんな『串カツ 田中』の核となる考えはなんなのだろうか。タケが質問する。

タケ「会社の理念は?」

貫「『串カツ田中』の串カツで、一人でも多くの笑顔を生むことにより、社会貢献する。これが企業理念です。これに嘘偽りない行動をしていると自信があります。」

経営方針でも会社内のイベントでも、従業員とお客が笑顔になるか、すべてジャッジをしている。仕事は、串カツ屋ではなく、串カツで笑顔を生んでいくことだという信念があるのだ。

◆経営で大事なこと

タケ「事業を始めるにあたり、借金はしたのですか?」

貫「勿論しました。でも借金は、してよかったと思っています。借金がなかったらいつでも逃げることができるので。」

同様に、上場もしてよかったと振り返る。会社の規模やレベルは、上がり続けないといけない。当然、最初は難しいことばかりで、上場維持費用も必要になるが、その上場準備がなければ、むしろ急成長に耐えられなかったのだそうだ。

タケ「その甲斐あって、業績好調ですね。いま不安なことはありますか?」

貫「むしろ不安しかなく、僕の経営は『不安経営』ですから。」

ダメになることを想定してやってきているから、常に改善を続ける。恐らくこの先もずっと。天狗になったら一瞬で足下をすくわれるのが経営なのだと心得る貫さんだが、こうした成功を見て、他の企業が放っておくわけもなく、似たお店も登場している。それについては、こうした考えを持っている。

貫「寝ても覚めても『串カツ 田中』の事を考えている。だから似たお店を出しているところとは考えている時間が違います。それに負けたら話にならないですし、そもそも向こうが考えられる人なら真似はしません。考えられないから真似しているので、考えられる僕らの方が強いのです!」

◆飲食業界と『串カツ 田中』のこれから

少子高齢化の影響や中食の台頭。そうした要因もあって、売り上げが落ちているという飲食店も少なくない。それについてタケが切り込む。

タケ「少子高齢化の影響は受けていませんか?」

貫「大手でもシェアの1%もないのが、この業界です。市場が5%落ちたから、全店が均等に5%落ちるわけではないです。」

倒産するところもあれば、逆に売上を伸ばしてくところもある。そして、一つの企業にすべてのしわ寄せが来るわけでもない。企業努力で伸ばしていけるし、その先には海外展開も視野に入れているのだそうだ。

いろんな状況が常に変わっていくので、「少子高齢化を気にしている暇はないですね。むしろ、より良いものを出していけることの方が関心ごとです。」と語る貫社長。とはいえ、未来に向けての種まきにも余念がない。

タケ「店内には子供連れのファミリー客もいますよね?」

貫「子どもは大事です。10年後には大人になっていて、だいたいの人はお酒を飲みます。成人より客単価は減りますが、将来のことを考えるとそれでいいのです。」

創業当時から今の客単価のことよりも10年、20年、30年の長期戦略でやっている。ある意味、子供が一番のターゲットと言っても過言ではないのだ。さらに、事業規模も飲食店にとどまらない。店のパン粉やソース、油などの販売は行っていないが、いずれコンビニやデパ地下などで買えるようにして、お酒を飲まない人や色んな人が色んな形で串カツ田中を楽しめたらいいとも考えている。

貫「なにがヒットになるかわかりませんが、常に変わり続けていくとは思います。」

リーマンショックのどん底から這い上がった串カツ田中。「できる範囲で経営し、うまくいけば倒産しない」程度だったお店は、目覚ましい急成長を遂げた。しかし、そんな企業の中枢に浮かび上がったのは「不安しかない」という一見するとネガティブな男の存在。だからこそ、常に現状に満足することなく、ブラッシュアップを続ける。ポジティブな人だけが、ビジネスで成功するのではない。貫社長の姿から、勇気を与えられる人もきっといるはずだ。

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