マスターズインタビュー Master’s Interview

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「社長のポジションはピラミッドの底辺です」 —-老舗企業・銀座英國屋三代目小林英毅社長のボトムアップ・リーダー論

文化放送「The News Masters TOKYO」のマスターズインタビュー。パーソナリティのタケ小山が今回スタジオにお迎えしたのは1940年創業の老舗、銀座英國屋の三代目社長・小林英毅さん。

「全く継ぐ気はなかったんです」という小林さんだったが25歳で英國屋に戻り、その3年後には社長就任。若きリーダーとしてどんなふうに老舗企業の経営に取り組んできたのか、また、その中で得た多くの気付きをもとにどんな未来に向かっているのか?—-チャレンジの軌跡をたどります。

●老舗の価値は「変わらないこと」にある

 大学卒業後、IT会社に就職した小林さんは「英國屋に入社する気はまったく無かったんです」と語る。「それなのになぜ、25歳で戻る決断をしたのですか?」と問うタケに対して小林さんはこう答えた。

「ある方から、お前の25年の人生は誰のおかげで生かされてきたんだ?と問い詰められたのがきっかけでした。もしもそのことを考えずに、会社を継がないなんて言っているなら僕との縁は無くなったと思ってくれ、そう言われたんです」

尊敬している人からの言葉だったので、聞き流すことはできなかった。重く受け止めて、初めて真剣に「今あるのは誰のおかげなのか」について考えたという。その結果、「英國屋の社員がコツコツとがんばって稼いできてくれたお金で私はずっと生かされてきたんだという事実に気づきました」それが、英國屋に戻る理由だった。

「ある意味とてもネガティブな理由ですよね…」と苦笑い。そんなふうに始まった英國屋での仕事。当時の小林さんはどんなことを感じていたのだろう?

「入社一日目に、辞めてやろうと思いましたね」と笑う。驚いたタケがその理由を尋ねると「IT会社ではあなたの価値はあなたが考えることにあるとずっと言われていたのに、英國屋に入ってみたら『お前は考えるな!』と言われたんです。俺たちの言うことを聞いていればいいんだよ、と。それまで大事にしていたことが完全に否定されて、イヤになってしまったんです」

その気持ちのズレとの折り合いはどうつけていったのだろう。そして今はどう考えているのか。

「今から考えると、先輩たちの言っていたことの本質は間違っていなかった」と振り返る。そう言えるのは、その後の試行錯誤の中で大切なことに気づいたからだ。「これまで続けてきたことをすぐに大きく変えてしまって良い結果が出ることはほとんどない。銀座英國屋の先輩社員たちが長い歴史の中で価値ある商品とサービスをずっと提供し続けてきたことを理解もしないで新しいことを始めるというのでは意味がないんです」

銀座には老舗の店や企業がたくさんあるが、今も価値ある存在として残っているのは「変わらない」ことを大切にし続けているからだ。「もちろん、全く変わっていないということではありません。徐々に、徐々に、変わってはいる。でも、いきなり180度転換しようとして成功したケースは、少なくとも私は一つも知りません」

●「組織の中で、社長は一番下にいる」

20代で英國屋に入社し、実力も、そして実績もある先輩社員たちに囲まれて「厳しかった」という小林さんは、「今も、ある意味とても厳しいですよ」と笑う。それはいったいどのような厳しさなのか?

「とにかくすごい社員たちがいっぱいいるんです」それは例えば、顧客から電話一本で注文を受けることのできる社員だ。

「オーダースーツの注文を電話の会話だけでまとめられるというのは、よほどの信頼関係がないとできないことです」と、小林さんは驚きを隠さない。その方がどういう仕事をされていて、スーツにどういうステイタスやブランドを求めているのか、どのようなイメージを抱いているのか。

「それらをすべて理解した上ではじめて、こういうスーツで行きましょうという提案ができる。そして、お客様は『じゃあそれでお願いするね』とおっしゃって下さる。それだけの信頼関係を構築するまでにはどれほどの長きにわたる努力があったのだろうと感動するわけです」一日でできることではない。それらはすべて先輩社員たちが積み重ねてきた日々の賜物なのだ。

「ありがたいな、と素直に思います」という小林さんは、こう続けた。「社長というのは本来はトップダウンの経営を目指すものかもしれませんが、私の場合は、イメージ的には組織の中の一番下にいるんです。

一番下で、お客様と直接接することの多い現場にいる社内のスペシャリストたちが働きやすい環境や仕組みを整えたりサポートしたりすることが役割だと思っています」

●対価が得られるのは、問題が解決した時だ

若くして経営者というポジションに就いたことで「仕事」についてより深く考えるようになったという小林さんには、仕事をしてお金を稼ぐということについての持論がある。

「対価が得られるのは、問題を解決した時だと考えています」これはつまり、自分のスキルを提供したから、あるいは自分の時間を提供したからという理由でお金がもらえるわけではないということだ。

「たとえばがんの名医がいたとします。がん治療については非常に優秀なスキルを持っている。でも、そのスキルや能力はがんじゃない人には意味を持たない。

同様に、フランス語が流ちょうに話せても、パソコンのスキルが高くても、そのこと自体にはあまり価値はないんです。大事なのは、それによって誰のどんな問題を解決できるのか、ということです」

逆に言うと、誰のどんな問題を解決する役割を果たしたいのか?と考えることから逆算してスキルを身につけていくという発想になる。さらに、こんなことも考えている。「結果ではなく過程を大事にしたい」これは、目標管理制度というやり方に違和感を持っているからだ。

「期初に目標を立てて、期末にその目標を達成したかどうかで成果を判断するという評価方法は、人の成長にはつながらない」と小林さんは言う。このやり方だと目標達成できるかどうかだけに気持ちが向いてしまうので、最初から達成できるような目標を設定しがちになる。できて当たり前だから、達成しても達成感がない。成長したという実感も持てない。

「それでは会社は良い方向には進みません」今後、英國屋では各自が適切な形で目標を設定し、それに対してどう行動してきたかの過程を評価するという形に変えていく計画だ。

●スーツを選ぶ際の基準は「誰の信頼を得たいのか?」

英國屋の商品はフルオーダーメイドのスーツだ。多くのビジネスパーソンにとって英國屋でスーツをつくるというのは憧れの一つでもある。

「小林さんにとってスーツって何ですか?」と、少々乱暴な質問を投げかけたタケに、小林さんは小気味いいほどの即答で返してくれた。

「仕事着です」あまりにシンプルな答えに戸惑うタケに、小林さんはこう続けた。「正直言って、そのことをきちんと理解していない人が非常に多いと思いますよ」ビジネスパーソンが装う、つまり仕事着を選ぶ際に大切な基準というのは何だろうか?小林さんの答えは明解だ。

「その装いによって、誰の信頼を得たいのか?仕事着選びの基準はそれに尽きます」組織の中で昇格していける人、または社会の中で起業などによって頭角を現す人たち。その誰もが「決して自分の力だけですべてを成し遂げてきたわけではないはずです」と小林さんは考えている。

「上の人や有力者など、引き上げてくれた人が必ずいたはずなんです。その方たちからの信頼というのが仕事ではとても重要です」その信頼を得るための一つの大きな手段として「どのようなスーツを着るべきか」を考えなければならない。

「今、これが流行りですよ」とか「この形、おしゃれでしょう?」「もてますよ」なんていう言葉をかけられてその気になって選ぶ人も多いが、ビジネスシーンで着る場合には「仕事にとって必要な要素なのかどうか」だけを考えるべきだ。

「オシャレでもてそうなスーツは、デート用に選ぶならいいんですが、たとえば上場社長に会いに行くときにふさわしい恰好だろうか?と考えていただきたいんです」。大切なのはTPOだ。英國屋では、スーツを作りたいというお客様からじっくり時間をかけて話を聞き、個々の状況に合わせてそれぞれの目的にふさわしい仕上がりを提案している。

「スーツは、そういう大事な役割を果たしてくれるのか」と感心しきりのタケ。ただ、これだけはどうしても聞いておかねばと、少し口ごもりつつも真正面から質問を投げかけた。

「英國屋のスーツは、やはりかなりお値段が張りますよね。存在は知っているけどなかなか足を踏み入れられないというのが正直なところです。新しいお客さんってどういうタイミングでいらっしゃるんですか?」この質問に対してまずは「すみません」と謝りつつ明るく笑う小林さん。「入店しにくいというのは、よく言われます」

ただ、最近ではギフトカードがきっかけでのお客様が増えているという。「ご昇進のお祝いや役職へのご就任祝いにギフトカードをもらったので、と、とても嬉しそうにいらしてくださいます」これは、実は贈る側にも素敵な体験となる。

「ギフトカードがきっかけで英國屋のお客様になってくださった方がみなさんおっしゃるのですが、そのあともずっと『あのとき、誰々さんからいただいたのがご縁だったな』といつまでも忘れない、一生涯の嬉しい記憶として残るようなんです」

贈り物というのは、特にビジネスシーンにおいては難しいものである。相手の趣味嗜好もよくわからないし、金額の妥当性もある。

ちなみに、英國屋のギフトカードはワイシャツなら2万円くらいから購入できる。フルオーダーなので、趣味嗜好はご本人におまかせできる。作ったときの喜びだけでなく、それを身につけた時の気持ちの華やぎまでも贈ることができるのだ。長い年月をかけてこれからもずっと人間関係を深めていきたい相手へのプレゼントとして覚えておきたい。「僕にも、贈りたい相手の顔がいくつか浮かびます。僕に贈りたい!と思ってくださる人も、今後現れると嬉しいな」と期待と夢が膨らむタケであった。

文化放送『The News Masters TOKYO』のタケ小山がインタビュアーとなり、社長・経営者・リーダー・マネージャー・監督など、いわゆる「リーダー」や「キーマン」を紹介するマスターズインタビュー。音声で聞くには podcast で。The News Masters TOKYO Podcast
文化放送「The News Masters TOKYO」http://www.joqr.co.jp/nmt/ (月~金 AM7:00~9:00 生放送)
こちらから聴けます!→http://radiko.jp/#QRR
パーソナリティ:タケ小山 アシスタント:西川文野、長麻未(文化放送アナウンサー)
「マスターズインタビュー」コーナー(月~金 8:40 頃~)

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