文化放送「The News Masters TOKYO」のマスターズインタビュー。世界No.1のシェアを誇るブリヂストンで14万人を率いたリーダーが語るリーダー論のタイトルは「優れたリーダーは みな小心者である。」(ダイヤモンド社)であった。リーダーと小心者という、通常は並んで語られることのないこの2つのキーワード。スポーツマネジメントを学び自ら経営者の経験もあるゴルフ解説者のタケ小山が、荒川氏のリーダーシップマインドの真髄に迫ります。
◆美術部からタイヤ会社へ
物静かで穏やかな笑顔を浮かべながらスタジオに現れた荒川氏。開口一番タケ小山はこう聞かずにはいられなかった。「荒川さんって本当に小心者なんですか?」
そんな質問にもニッコリと「はい。そうですよ」と答えながら、話は学生時代にさかのぼる。「もともと引っ込み思案で人づきあいも得意じゃなかったんです。大学では美術部で、油絵を描くのが好きなおとなしい学生だったんです」。就職先にブリヂストンタイヤ(当時。のちのブリヂストン)を選んだのは、「ブリヂストン美術館」を持っているような会社だからきっと文化的な会社に違いないと思ったからだという。
ところが入社してみてびっくり!文化的な繊細さは感じられず、どちらかと言えば荒々しい雰囲気の職場だった。不安でいっぱいの社会人スタートとなったのだ。
そして、2年目にタイの工場への赴任辞令が出た。「右も左もわからないのにタイの工場で働く従業員たちに在庫管理を徹底させてくれ」というミッションを与えられた。役割的にはマネージャーだが、立派な肩書があるわけではない。しかも、「まだ2年目のペーペー社員ですから、最初の頃は本当に苦労の連続でした」。
現場での第一印象は「まるで戦場のようでした」。仕事のやり方さえよくわからないままではあったが、「なめられてはいけない」という想いで肩ひじを張って上から目線の命令口調で「ここはどうなってるんだ?」「ここがおかしいだろう!ダメじゃないか」などと連発していたら、従業員たちから一斉に反発を食らってしまうこととなった。
「若造のくせに」「日本から来たばかりで何にも知らないくせに」と総スカンをくらい、ミッションを遂行するどころかかえって混乱状態を引き起こしてしまった。「辛くて辛くて、もう日本に帰りたい!」と思い詰めた荒川氏は、本気で帰りの航空券を取ろうとするが「当時は国際便の航空運賃はものすごく高くて、自分で支払える金額ではなかったんです」。結局もう逃げ道はないんだとあきらめて、そこから荒川氏は必死で考えたという。
「役割を果たすためには、現場の人たちを動かすしかない。そのために出来ることは何だろうか?」
まず改めたのは、自分自身の高慢ちきな態度だった。仲間として受け入れてもらえないと、仕事にならないことに気づいたからだ。それからは現場に出かけるたびに工場員の一人一人に笑顔で挨拶をして、話しかけるようにした。最初は無視をされるようなこともあってプライドを傷つけられることも多かったが、次第に現場のムードが和らいでいくことを感じられるようになった。
「一緒に汗をかくということの大切さを知りました」と話す荒川氏。「気がつくと、命令しなくても私のアイデアをもとに彼らが自分たちで率先して動いてくれるようになっていました」。この瞬間、「リーダーになるということはどういうことか」という実感が荒川氏の中に生まれたのであった。
◆一人きりのリーダーシップ
タイ工場での経験によって「私の中にリーダーシップの根っこが生まれた」という荒川氏は、人間にはリーダーシップの「ある」人間と「ない」人間の2種類しかいない、という。そしてそれを分けるのは素質でもポジションでもなく「心の持ち方」だ。「リーダーとしての心の持ち方」というのはどういうことですか?と問うタケに、荒川氏はこんなエピソードを教えてくれた。
「たった一人でトルコに赴任して事務所を切り盛りしていた頃のことです」。ある日、地元の財閥から「自分たちはタイヤ工場を持っている。パートナーとしてブリヂストンと業務提携がしたい」という申し出があった。事態の大きさから考えると、当時課長クラスの荒川氏が判断できる案件ではない。すぐに本社に伝えて相談するのが普通だろうなと思ったという。
だが、荒川氏はこうも考えた。「トルコという国のことを社内で誰よりもよく知っているのは自分だ。自分は今まさにここにいて、ホットな情報をとることもできる。自分の仕事の主導権は自分にあるのだから、まずは自分自身でできる限りのことをやるべきではないか」。
そこで、こっそり工場を視察に行ったり、財閥に当てて数百項目にもなる質問状を送ったりありとあらゆる方法で情報の収集を行った。「相手も驚いていましたが、きちんと返事を返してくれました」。このこともまた、重要な情報の一つとなった。そして、それらの情報をもとに自分自身の意見として「取り組むべきだ」という考えもつけて本社に提案した。結果として、その後、ブリヂストンはこのトルコの財閥と業務提携を結んでいる。「私の提言や情報が役に立ったと自負している」と誇らしげに語る荒川氏は、こう続けた。
「これこそが、仕事に対するオーナーシップです」。
オーナーシップというのは、「自分が担当する仕事に対して所有権をしっかり持って離さないこと」だという。「仕事の大きさや、ポジションの高低は関係ないんです。どんなに小さな仕事でも、一人に与えられた仕事をまっとうすること。自分の仕事は自分で一から百まで説明ができるし、自分の考えも言える。これがつまりはオーナーシップということです」。
◆「世の中に正解はない」
「小心者であるということは、いろいろなことを心配するということです」と語る荒川氏。「そういう心配症とリーダーシップって、どうも結びつかないイメージなんですが」とまだあまり納得のいかないタケだったが、その続きを聞いてさらに驚くこととなった。
「だって、タケさん。世の中に正解なんてないでしょう?だったらとにかくいろんなことを心配して、その心配から逃れたいから一生懸命考える。そうやって考えることで自分なりの結論を出すしかないんですよ」。
つまり、荒川氏の言いたいことはこういうことだ。「これが正解です」というものは、世の中には基本的には存在しない。どんな答えも、自分の頭で考え出すしかないのだ。だから、少しでも正解に近づけるためには「いろんなことをくどくどと考えて考えて、行ったり来たりしながら時間をかけて考え抜く」ことが大事なのだ。「それができるのが小心者のいいところなんです」と笑う。
かつてブリヂストンがアメリカのファイアストンの買収を検討した際に秘書課長として家入社長(当時)を支えた荒川氏は、今も当時の家入氏との会話を思い出すことがある。
「あの頃日本企業は巨大なM&A案件なんて、ほとんどやろうとしなかった時代です。ファイアストン買収は、当時最大の買収として世間を騒がせることになりました。
外から見ていると、豪胆な決断に見えたかもしれませんが家入さんは非常に緻密な方でいろんなケースを延々何十年も考えてきて、その結果としての判断だった。世界に伸びていくためにはこれしかない、と大型買収に踏み切ったのです」。当然、他にも買収の提案はいくらでもあった。荒川氏も「他にもあるじゃないですか?」という質問を何度か投げかけたこともあったという。「でもそのたびに、きちんとした完璧な回答が返ってきました。すべてを考え抜いた結果としての決断なのだな、と最後には誰もが納得できたのです」。
今思い返しても、「あの時の買収が無かったら今のブリヂストンはない」と感じるという荒川さん。「小心者でびくびくしているからこそ、最終的には大きな決断もできるんですよ」ときっぱり言った後に、いたずらっ子のような表情で付け加えた。「まさに、”石橋”を叩いて渡るですよ」。(笑)
◆トラブルは”順調に”起こる!?
荒川氏の小心者リーダー論はまだまだ続く。エピソードの一つ一つが非常に興味深くてどんどん話に引き込まれていくタケ。「荒川さん、14万人を率いるリーダーになってからの話も聞かせてください!」
と、ここで荒川氏から飛び出した話もまたタケの度肝を抜いた。それは「トラブルが起こるのは順調な証拠」という荒川氏の持論である。「社員にはいつもこう言ってましたね。俺にはトラブルだけを報告しろって」。
荒川氏いわく「もともと、トラブルというのは順調だからこそ起こるんです。自分の会社、自分のビジネスが世界の中心というわけではないのだから摩擦が起こって当然。トラブルになって当たり前です」。だから「順調です」と言われるとかえって不安になったという。「何も起こらないのは異常。何か隠してるんじゃないか?見逃しているんじゃないか?その方がトラブルよりもよっぽど怖い」と感じていたそうだ。だから、会議でも常にこう問いかけたという。「今日はどういうトラブル?」
社長がそういう態度でいると、社員たちは報告できるならどんな小さなトラブルでも見つけようという気になる。ある時、非常に大きなプロジェクトの進捗報告の際に、担当者が「社長、やっぱり順調にトラブってますよ!」とにこにこ笑顔で報告してきたことがあって、「徹底してきたな」と嬉しかったという荒川氏。「悪い報告に対して非難するのは百害あって一利なしです。
そういうムードだと、みんな、自分が責められたくないから隠すようになる。あるいは、いかにエクスキューズのストーリーをつくるかに腐心するようになる。そんな手間や時間ほど無駄なことはない」と、バッサリ。大事なのはトラブルを認識して、それを解決するために努力すること。
「解決できないトラブルはないんだから、エクスキューズなんてどうでもいいんですよ。即!解決の方向に進むべきなんです」。
◆リーダーシップが人生を豊かにする
「荒川さんの話を聞いていると、背筋がピンと伸びます!」とスッキリと納得した笑顔で話に聞き入るタケ。「心の持ち方次第で自分もよいリーダーになれると思うと元気が出ますね!」
そんなタケに荒川氏は「大事なのは、心の持ち方、それだけです。別に社内でリーダーじゃなかったとしても、どんなポジションでもリーダーシップを持って会社を楽しむことはできますよ」と説く。もちろん、社内のポジションが上になることでのメリットはある。情報が取りやすくなったり、知り合いが増えて仕事を頼みやすくなったりなどは上に行けば行くほど感じられることだろう。
だが、「仕事というのは誰にでも自分の担当範囲があります。それをもっと面白くしたいとかもっとよりよくしたいという想いがあって、そのために考えて提案してみる。そのうちいくつかは採用されて、実際に実現していく。これが仕事の醍醐味です。この楽しさ・面白さはどんな仕事にもあるものだし、どんなポジションにいてもできることです」。そういう仕事の楽しみ方ができるマインド、それが荒川氏の言うところの「リーダーシップ」なのである。
「リーダーシップは素質や環境から生まれるものではありません。全くの個人の問題です」。「個人の」と言っても、それは性格や資質を指すものではなく「自分が主体的に仕事に関わろうという気持ち」そして「自分がやりたいことを心に描いて、前向きにそれをかなえるように向かっていく態度」に、リーダーシップは着実に生まれて育っていくのだ。
「繊細で小心者だった私だからこそ、へりくだって人の意見も聞くことができた。トラブルにぶち当たっても、そういうものだと思うことができた。小心者で繊細であれば100%成功しますよ」という荒川氏。そして何より、最後にポロっとこぼれたこの一言がタケの心に大きく響いた。
「リーダーシップによって、自分自身の人生も豊かになります。これがリーダーシップのもう一つのメリットです」。
新入社員として入ったブリヂストンという会社で、ついには14万人を率いるトップの座にまで上り詰めた荒川氏。外から見ていると生まれながらのスーパーリーダ―のように見える荒川氏の根底にあるのが、入社2年目にタイの工場で小さく根付いたリーダーシップであったという事実は、タケだけでなく多くのビジネスパーソンを勇気づけていくであろう。
文化放送『The News Masters TOKYO』のタケ小山がインタビュアーとなり、社長・経営者・リーダー・マネージャー・監督など、いわゆる「リーダー」や「キーマン」を紹介するマスターズインタビュー。音声で聞くには podcastで。The News Masters TOKYO Podcast
文化放送「The News Masters TOKYO」http://www.joqr.co.jp/nmt/ (月~金 AM7:00~9:00生放送)
こちらから聴けます!→http://radiko.jp/#QRR
パーソナリティ:タケ小山 アシスタント:小尾渚沙(文化放送アナウンサー)
「マスターズインタビュー」コーナー(月~金 8:40頃~)