(かまた みのる)
医師・作家。1948 年東京生まれ。
東京医科歯科大学医学部卒業。
37年間、医師として地域医療に携わり、チェルノブイリ、イラク、
東日本の被災地支援に取り組む。2009 年ベスト・ファーザー
イエローリボン賞(学術・文化部門)受賞。2011年日本放送協会
放送文化賞受賞。
ベストセラー「がんばらない」をはじめ、「なさけないけどあきらめ
ない」「ウェットな資本主義」「アハメドくんのいのちのリレー」
「希望」(東京書籍) など著書多数。
現在、諏訪中央病院名誉院長。
(むらかみ のぶお)
1953年、京都生まれ。
元NHKエグゼクティブアナウンサー。
2001年から11年に渡り、『ラジオビタミン』や
『鎌田實いのちの対話』など、
NHKラジオの「声」として活躍。
現在は、全国を講演で回り「嬉しい言葉の種まき」を
しながら、文化放送『日曜はがんばらない』
月刊『清流』連載対談などで、新たな境地を開いている。
各地で『ことば磨き塾』主宰。
http://murakaminobuo.com
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2023年11月 9日
11月5日 第591回放送
加藤登紀子さんの『百万本のバラ』は、女優に恋焦がれた貧しい絵描きが街中のバラを
買って彼女のいるホテル前の広場を花で埋め尽くしたという悲恋物語です。実はこの歌
には大国ロシアに翻弄された小国の苦難を暗示する面もあり、加藤さんが紹介します。
1943年、満州のハルビンで生まれた加藤さんは、命からがら引き揚げてきました。
戦争の影響を直接受けた世代ゆえに、戦争や諍いの終結を願って発言し続けています。
『百万本のバラ』の原曲はラトビア語の『マーラは与えた』という歌謡曲です。それを
ロシアの詩人が歌詞を変えて、1982年に人気歌手のアーラ・プガチョワがロシア後
で歌唱して大ヒットし、ソ連邦全土で多くの人の心をつないだ歌になりました。歌詞は
当時のグルジア(現ジョージア)の画家ニコ・ピロスマニを主人公に、悲恋物語として
世に送り出したものです。ソ連邦で広く愛された歌でしたが、91年のソ連崩壊で別々
の国になり、昨年2月からはロシアのウクライナへの軍事侵攻が続いている状況です。
そうした中で加藤さんは『百万本のバラ』がいまでのようには受け入れてもらえないの
か、ロシア語ではなく日本語なら受け入れてもらえるのか、その歪を実感します。歌に
は分断を超えていく力があると信じたいけどどうなのか。そんな想いを抱きながら先月
ニコ・ピロスマニ生誕のジョージアを訪れて、3都市でコンサートを開いてきました。
危惧していた通りにソ連時代のロシア語の流行歌という理由で合唱は実現しなかったが
日本語で歌唱した『百万本のバラ』は好評を博しました。特にピロスマニの生まれた町
シグナギの劇場での公演は喝采を浴びました。平和の願いを込めて唄い言語の壁と国境
を超えたのです。また『果てなき大地の上に』というウクライナ支援のCDにも言及。