勇敢なペンギンか、飢えた愚か者か。キングジム社長が大切にする精神
アイデア文具やユニークな電子機器など、独自路線と自由なアイデアで他社との差別化を図り、スキマ市場を開拓してヒットを続ける老舗文房具メーカー『キングジム』。ありそうでなかった商品を生み出しては、少数派のニーズをグッとつかまえて離さない不思議な魅力の会社だ。
今回は、四代目となる宮本彰社長に文化放送『The News Masters TOKYO 』のパーソナリティ タケ小山がマスターズインタビュー。"ファーストペンギンでありたい"という宮本社長が追い求める"世の中にないものを作る"というDNA。東京の下町、東神田から発信するオンリーワンの商品。タケ小山がその不思議な魅力の秘密に迫る。
◆キングジムの創業秘話
『キングジム』といえば、"キングファイル"やラベルライターの"テプラ"、文章を打つことに特化した"ポメラ"などのヒット商品でおなじみの会社。四代目社長宮本彰氏の祖父・宮本英太郎氏が『名鑑堂』という社名で創業して90年になる。祖父はもともと材木商を営んでいたが、発明好きが高じて特許を取得したのが『人名簿』と『印鑑簿』。はがきの住所部分を切り抜いて差し込めるようすれば顧客名簿をいちいち書き写す手間が省けるというアイデア商品。
それがたちまち評判となったことで『人名簿』と『印鑑簿』の一文字を取って『名鑑堂』という社名の文具メーカーを創業した。その後、様々な事務用品を扱うようになり『事務用品の王様』ということで、最初は『キング事務用品』と言っていたが、長すぎるという事で『キングジム』へ社名変更したのが1961年のこと。語呂を良くして『キングジム』としたのだが、当時実在していたボクシングジムとよく間違われたそうだ。
「とにかくちょっと変わり者なんですけど、商品開発が大好きで、自称"偉大なる発明家"と言っていました。イメージ的にはドクター中松さんのような人でした(笑)」
偉大なる発明品の思い出をタケ小山が訊くと「むしろ失敗したものにいろいろと思い出があるんです。中でも『世界共通語をつくるんだ』と言っていましたね(笑)」
アメリカへ文具を売り込みに行った際、全く英会話ができずに悔しい思いをした祖父は、"世界共通語"をつくろうとしたのだそうだ。
そんな祖父が創業した会社に入社したのが1977年。
営業や経理、工場勤務など社内を渡り歩いた後、84年に常務取締役総合企画室長となり、86年に専務取締役となった宮本彰氏。88年に発売されて大ヒット商品となったラベルライター「テプラ」のプロジェクトリーダーを務めていた。そして92年、37歳の若さで代表取締役社長に就任した宮本彰氏だった。
◆ファーストペンギンになれ!
宮本彰社長が大切にしている言葉が「ファーストペンギンでありたい」。どんな意味なのかとタケ小山が尋ねると「ペンギンは海に飛び込んで餌を捕らなければなりません。でも海には天敵がいるリスクがあるから簡単には飛び込めないんです。だから一羽が飛び込むと次々と飛び込んでいくでしょう。最初に飛び込んだペンギンはとても勇敢なんじゃないかと」
逆に「飢えた愚か者という説もあるそうですが、最初に飛び込むからこそ価値がある。一番おいしい魚が捕れるんだと。キングジムはそうありたい」という思いから宮本社長は「ファーストペンギンになれ!」と言い続けている。
ファーストペンギンの精神が、ありそうでなかった商品を生み出しているのだろう。中でもラベルライター『テプラ』の大ヒットはキングジムの社運の分岐点となった。それまでキングジムを支えていたメイン商品は『キングファイル』だったが、ペーパーレス時代がやってくると言われていた頃、社内には「会社がつぶれるぞ!」という危機感があったそうだ。そこで文具メーカーからデジタル文具へと軸足の転換を図るため『Eプロジェクト』を立ち上げ、リーダーを務めたのが宮本社長だ。
デジタル文具メーカーとしても、ファーストペンギンとしても衝撃的なヒットだったのが『ポメラ』。ワープロなどが急成長していた頃に時代に逆行するかのような"文章を打つことだけに特化したポメラ"を商品化した。
「開発会議では評判の悪い企画で、ネットにもつながらず、値段も高い、誰が買うんだ、と言われてボツになりかけていたんです」
すると社外取締役の一人が「これは素晴らしい商品だ!」と大絶賛。「その取締役は、文字を打つだけで充分。僕ならいくら出しても買うと言うんです。そういう人もいるんだと思いましたね」
確かにポメラは開けばすぐに電源が入り打つことができる。メモ帳のような機動力だ。マメに文章を書く人たちから支持された。スキマにはビジネスチャンスが転がっているというキングジムらしい商品だ。
スキマ市場を狙え
宮本社長が「世の中にないものを作ることがこの会社のDNA」と言う通り、数々のユニークな商品を世に送り出してきたキングジム。そのアイデアを生み出す原動力は何かとタケ小山が尋ねた。「ウチは失敗しても責任は問われないんです。新製品は10個出して、1個当たればいいと言っています」そんなに簡単にはヒット商品は出るものではない。その上で失敗を恐れない大胆なアイデアを受け入れるのだそうだ。ただ「これは世界で初めてのものなのかどうか、それは気になります。どんなに良い企画であっても、他社の二番煎じとなるのなら拒否します」
「キングジムのような会社は誰もが欲しがる商品を扱ってはいけないんです。スマホを出そうなどと考えてはいけない。スキマを狙わなければならないんです」このスキマというスペースがなかなか難しい。スキマが大き過ぎると大企業も参入してくる。みんなの欲しがる商品に手は出さない。少数の方が「どうしても欲しい」と言うモノを作るのがキングジムの心地よいスキマなのだ。
"失敗しても責任を問われない"環境が、心地よいスキマ市場を狙える商品を生み出しているのだろう。
「突飛なアイデアというのは大概が潰されるんです。でも、ありえないと思われるところにチャンスがあったりするので、何でも言える環境づくりが大事。上司にすぐに叱られるようだと突飛なアイデアは出せません」
自由な発想ができる環境づくりが宮本社長の重要な仕事だ。
◆社長はイエスマンでいい
37歳で四代目社長に就任して25年。超ベテラン社長の考える"社長の役割"は「社長はイエスマンでいいんです」だ。
「会社の規模にもよりますが、大きな会社になれば社長がすべてを把握できるはずはありません。それぞれの専門部門に任せればいいのです。社長は昇格人事をしっかり見極めてやればいい。それがうまくいけば、後は判子を押しているだけでいいんです」と言うのが宮本社長の持論だ。
「もちろん全部ではありませんが、ほとんどの事は、幹部を信じて判子を押していればいいと思っています」
キングジムでは市場調査は行わない。
「私はあまり信用していないんです。過去に間違った方向へ導かれたことがあったので」
これも宮本社長の持論だが「人の頭の中には欲しいものリストと言うものがあって順番が決まっているんです。人は上から買い物をしていくわけですから、お金があれば順番が低くても買ってもらえるが、そうでない若者には手が届かない商品となってしまうんです」
これは『ポメラ』のことである。実はアンケート調査をした結果、中高年の認知度は低く、若者には知られていたそうだ。調査結果からより若者ウケするように改良しても、若者たちは買い物リストの順番が低い『ポメラ』を買うお金がないのである。実際『ポメラ』の購買層は四、五十代だそうだ。
買ってくれるニッチな層はどこなのか?それを見極めるのも嗅覚なのだろう。
◆これからのキングジム
「キングジムという会社は挑戦しなくなったら、もうお終いですね」と宮本社長は言う。
ファーストペンギンとして挑戦し続けるキングジムが、新しく二ッチ市場に仕掛けているのが女性向け文具の『HITOTOKI』。
コンセプトは"日々をたのしむ文房具"。
"見なれたものに、ひとてま加える。何気ないものに、ひとこと添える"
毎日をいい日にして積み重ねていく『HITOTOKI』ブランドが女性のハートを掴んでいる。
手のひらサイズのテーププリンター『こはる』
オリジナルのシールが作れるスケジュールシールプリンターの『ひより』
マスキングテープをカード型にして、持ち運びやすくした『KITTA』
など、女性にはたまらないアイテムだ。宮本社長も、非常に楽しみにしているブランドだと言う。
社長就任から四半世紀。まだまだ気力が漲る社長に、タケ小山が"これからのキングジム"、どんな会社にしたいか社長の夢について伺った。
ちょっと考えてから「夢としてはあり得ないけれど、病院経営とかできないかなぁと思っています」なんとも意外な言葉が飛び出した。
実は、以前から後継者にしたいと思っていた人物がいたのだが、一昨年に癌で亡くなってしまった。
「つくづく健康の大切さを思い知らされました。そんな時に、ある電子機器メーカーさんの本社の目の前に総合病院があるのを見て素晴らしいと思ったんです。社員全員いつでもすぐにその病院で診てもらうことができる。もちろん地域社会にも貢献している。キングジムもいつかこんな会社になりたいという夢を持っています」
最後に、どんな後継者に譲るのかを伺った。
「ものづくりが大好きで、世の中にないものを常に作り続けたいと言う情熱がある後継者が見つかったら。それでいて、ちゃんと金勘定ができる方でないといけない(笑)」
キングジムのファーストペンギン精神から生まれる新商品にこれからも期待したい。
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