11月15日の放送告知
11月8日の「みのもんたのニッポン discover again」
日本経済新聞・社会部編集委員の井上亮(いのうえ・まこと)さんのお話(3週目)は、いかがでしたか?
放送を聴き逃してしまったという、あなた!!
11月9日(月)20時から11月16日(月)17時まで、こちらのブログ内で、アーカイブ音源をお聴き頂けます。
さて、次回(11月15日)のゲストは、歴史ファン必聴!武田信玄の子孫、武田邦信(たけだ・くにのぶ)さんです。
戦国時代、信玄のもとで大きく勢力を拡大した武田家は、今なお歴史ファンから絶大な人気を集めています。
戦国大名としての武田家は、信玄の四男・勝頼が織田信長によって滅ぼされましたが、次男・信親<のぶちか:出家後は竜芳(りゅうほう)と名乗る>が若い頃に僧侶となっており、その子どもたちが難を逃れたため、武田家の血脈は途絶えることなく現在まで受け継がれています。
また、信親は盲目だったとのこと。
武田邦信さんは、信玄から数えて16代目となる武田家の当主で、1948年、東京で生まれました。
武蔵工業大学(現・東京都市大学)を卒業後、丸紅に入社し、現在は国連難民高等弁務官事務所の国内委員会・理事を務めています。
今回は武田さんに、ご先祖の武田信玄についてお聴きしました。
武田さんとお会いするのは8年ぶりでしたが、当時と変わらず、非常に温和で紳士でしたね。
番組出演も二つ返事でご快諾頂きました。ありがとうございました。
古戦場マニアの私は、武田信玄に関する場所だと、信玄が信濃の豪族・村上義清と戦った上田原や砥石城跡、上杉謙信と戦った川中島、徳川家康と戦った三方ヶ原を訪れたことがありますが、武田軍が織田軍に大敗を喫した長篠へはなかなか行く気にはなれません。
ただ長篠では、毎年、織田軍(徳川軍)と武田軍で合同慰霊祭が行われており、地元の方々が450年にわたって武田軍の御霊を慰めてきたとか。
これは素晴らしいことです。
戦国大名としての武田家は1582年に滅びますが、本能寺の変の後、家康は武田家の遺臣を積極的に取り入れ、徳川軍はさらに強くなりました。
家康は若い頃から敵将の信玄に領国経営や戦略・戦術を学ぼうという姿勢があり、ここが凄いところです。
1572年冬、三方ヶ原の戦いで信玄から野戦に引きずり込まれ、苦い経験をした家康ですが、その28年後、石田三成ら西軍を大垣城から関ヶ原に引っ張り出し、野戦で決着をつけることに成功しました。
あの時、大垣城を素通りして大坂城を攻めると見せかけた家康は、かつて浜松城を素通りされ、信玄に戦国大名としてのプライドを傷つけられた経験を存分に生かしました。
もしかしたら信玄の直弟子は家康なのではないか、そんなことを考えてしまいます。
構成作家 後藤知紀
みのもんた
歴史・文化・芸能・スポーツなどに造詣が深いみのもんたが【東京】【日本】【時代】【人間】をテーマに、各界の著名人をゲストに迎えます。
対談を通じて、日本の伝統・文化、日本人の生き方など様々な事象を掘り下げ、「再発見」し、未来につながる理想の日本、そして日本人の姿を描き出します。
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