番組について
ONAIR REPORT
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◆今までの永遠のメロディ
   
PART2 永遠のメロディー
ONAIR REPORT
◆6月 9日(月)
ピンク・レディ  「UFO」

中学生からの同級生である、"ミー"こと根本美鶴代と、"ケイ"こと増田恵子が結成したスーパー・アイドル・ユニット、ピンク・レディ。1973年、2人はヤマハ主催の「チャレンジ・オン・ステージ」というオーディションで合格し、ピンク・レディの前身となる「クッキー」というユニットを結成。そして、1976年、「スター誕生」の決勝大会に出場し、「ペッパー警部」でデビューします。
続く「S.O.S.」がオリコンシングル・チャートで1位に輝くと、「カルメン77」「渚のシンドバッド」「ウォンテッド」「UFO」「サウスポー」「モンスター」「透明人間」「カメレオン・アーミー」と9曲連続1位、10曲連続ミリオンという偉業を達成します。
この曲「UFO」は150万枚を超すセールスを記録し、日本レコード大賞も受賞し、ピンク・レディ最大のヒット曲となります。
22曲あるシングル曲のうち14曲を作詞・阿久悠、作曲・都倉俊一というコンビが手掛けており、ピンク・レディにとって大きな存在だったといえます。当時の子供たちが熱心に振り付けを覚えたこともあって、ピンク・レディは子供から大人に至るまで幅広い層の支持を得て、全国のお茶の間に浸透していきました。1979年には全米デビューを果たすものの、帰国後、解散を表明し、1981年3月31日後楽園球場で4年7ヶ月の活動に終止符を打ちました。

◆6月10日(火)
アグネス・チャン  「ひなげしの花」

香港出身のアグネス・チャンは、チャリティ・コンサートで歌っているところをテレビ局からスカウトされます。ジョニ・ミッチェルのカバー「サークル・ゲーム」でデビューすると、あっという間に香港のトップアイドルとなります。そして作曲家の平尾昌晃が香港の「アグネス・チャン・ショー」というテレビ番組に出演したことがきっかけで、日本でのデビューが決まります。
1972年、この曲「ひなげしの花」でデビューすると、高く澄んだ歌声と愛らしいルックス、そして、一生懸命歌う姿が受けて、日本でも人気を博します。シングル「草原の輝き」が大ヒットし、春の選抜高校野球の入場行進曲に選ばれると、続く「小さな恋の物語」がオリコンシングルチャートで1位を獲得、「アグネス・ブーム」を巻き起こします。しかし、勉学への想いが断ち切れず、1976年に芸能活動を休止して、カナダのトロント大学へ留学します。
大学卒業後、芸能活動を再開。ボランティア活動にも精力的に参加するようになり、日本ユニセフ協会大使にも就任して、タイやスーダン、カンボジア、イラクなどを視察して、その現状を広くアピールしました。2000年から本格的に歌手活動を再開させシングル「この身がちぎれるほどに」が20万枚のヒットを記録。2006年には、アルバム『フォゲット・ユアセルフ』をアメリカで発売し、全米デビューも果たします。去年、日中国交回復と日本デビュー35周年を記念して、日本のアーティストとして初めて中国、北京の人民大会堂でのコンサートを成功させました。

◆6月11日(水)
小泉今日子  「なんてったってアイドル」

テレビ番組「スター誕生」に出場したことがきっかけとなって、1982年、シングル「私の16歳」でデビューした小泉今日子。「まっ赤な女の子」、「艶姿ナミダ娘」などのヒット曲を生み出し、「渚のはいから人魚」では、オリコン・シングルチャートで初の1位を獲得し、アイドル歌手としての地位を確立します。
この曲「なんてったってアイドル」は、広く一般からタイトルを募集して、そのタイトルをもとに秋元康が作詞したシングルですが、自らをアイドルと称することは、それ以前のアイドルにはなかったこともあって、話題となり、大ヒットし、この曲で2度目の紅白歌合戦出場を果たしました。
その後も「木枯らしに抱かれて」や「水のルージュ」、「あなたに会えてよかった」などのヒット曲を放ちますが、最近は、女優業としての活動が目立っており、2005年映画「空中庭園」に主演し、ブルーリボン賞を獲得し、今年はその「空中庭園」以来3年ぶりの主演映画となる「グーグーだって猫である」と「トーキョー・ソナタ」の公開を控えています。

◆6月12日(木)
南野陽子  「楽園のドア」

高校2年生のときオーディションに合格し、日テレの「名門私立女子高校」に出演。1985年シングル「恥ずかしすぎて」で歌手としてデビューを果たした南野陽子。翌86年、「スケバン刑事」のシリーズ2作目となる「少女鉄仮面伝説」の主演・麻宮サキを演じ、一躍ブレイクします。
この曲「楽園のドア」は映画版「スケバン刑事」の映画主題歌で、南野陽子自身、初めてオリコン・シングル・チャートでナンバー1を獲得しました。その後、「話しかけたかった」「はいからさんが通る」「吐息でネット」など8曲連続オリコン1位を記録しますが、92年に歌手活動を休止。女優としての活動に本腰を入れるようになります。その92年、主演した映画『寒椿』『私を抱いて、そしてキスして』での演技が評価され、日本アカデミー賞主演女優賞を受賞しました。
歌手デビュー20周年にあたった2005年には、14年ぶりに歌手活動を再開させ、アイドル時代の代表曲「はいからさんが通る/吐息でネット」をセルフカバーして話題になりました。

◆6月13日(金)
伊藤つかさ  「少女人形」

幼いときから子役として活動していた伊藤つかさ。1980年、ドラマ「3年B組金八先生」の第2シリーズに生徒役として出演すると、その名が知られるようになり、翌81年この曲「少女人形」で歌手としてデビュー。一躍アイドルとして人気を博します。
その後も、可憐な歌声と愛くるしいルックスで「夢見るシーズン」「夕暮れ物語」といったヒット曲を生み出しますが、上位にランクイン入りしても、当時のベストテン番組が生放送だったことから、15歳未満だった伊藤つかさは、放送局の自主規制によって出演できませんでした。
1982年、「アイコ16歳」でドラマ初主演を果たし、それ以降は、時代劇や舞台を中心に女優として活動するようになります。
おととし、22年ぶりに新曲「スローリー」を発売。歌手活動を再開させて、話題になりました。

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