番組について
ONAIR REPORT
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◆今までの永遠のメロディ
   
PART2 永遠のメロディー
ONAIR REPORT
◆10月29日(月)
シンプル・マインズ   「ドント・ユー」

1977年、ボーカルのジム・カーを中心にスコットランド、グラスゴーで結成されたシンプル・マインズ。バンド名はデビッド・ボウイの「ジーン・ジニー」の歌詞から来ており、5人組のロックバンドとして、1979年、アルバム『駆け足の人生』でレコード・デビューします。1982年シングル「プロミスド・ユー・ア・ミラクル」がイギリスで初めてヒットすると、友人であるU2のボノを介して、プロデューサーのスティーブ・リリーホワイトを迎えて6枚目のアルバムをリリース。これが全英bPを獲得し、一気にイギリスを代表するロックバンドになります。
そして、1985年、エミリオ・エステベス主演の映画「ブレックファースト・クラブ」の主題歌としてこの曲「ドント・ユー」をリリースすると、全米、全英で同時に1を記録し、大ヒットします。
ただ、この曲は自分たちが書いたものではなく、ブライアン・フェリーが歌う予定だったものを自分達が歌い、1になり、「ポップすぎて、こういう曲は2度とやらない」といった発言もあり、物議を醸した1曲となりました。
しかし、この曲の大ヒットによって、世界的なロックバンドとなり、ジム・カー自身はプリテンダーズのクリッシー・ハインドやエイス・ワンダーのパッツィ・ケンジットと結婚するなど、私生活でも注目を集めるようになります。
幾度かのメンバーチェンジもありましたが、2005年には4人組となり、ニューアルバム『ブラック&ホワイト050505』をリリースしました。

◆10月30日(火)
あみん  「待つわ」

岡村孝子と加藤晴子の2人から成る女性ユニット、あみん。グループ名は、岡村の憧れのシンガーソング・ライターさだまさしの「パンプキンとシナモン・ティ」という曲に出てくる喫茶店に由来しています。2人は女子大時代に同級生として出会い、意気投合し、あみんを結成。1982年の春、ヤマハの「ポプコン」に出場し、グランプリを獲得して、この曲「待つわ」でレコードデビューします。
2人のハーモニーの新鮮さや清潔感と相まって、ミリオンセールスの大ヒットとなり、オリコンの年間シングルチャートも1位を記録。その年の紅白歌合戦にも初出場を果たします。その後、3枚のシングルと2枚のアルバムをリリースしますが、学業優先を理由にあみんの活動は休止してしまいます。
その後、岡村孝子はソロとしてデビューし、「夢をあきらめないで」などのヒット曲を生み出します。そして、岡村の歌手デビュー20周年を記念してリリースされたシングルに加藤が参加したのをきっかけに一夜限りで「あみん」が再結成され、「あみん」デビュー25周年となる今年、あみんの活動が再開され、この曲がセルフカバーされました。さらにニューアルバム『イン・ザ・プライム』もリリースされ、全国ツアーも行われて、往年のファンを喜ばせてくれました。

◆10月31日(水)
ボブ・シーガー  「シェイク・ダウン」

アメリカ、ミシガン州デトロイト出身のボブ・シーガー。「デシベルズ」というバンドの一員として16歳から音楽活動をはじめ、1969年にボブ・シーガー・システム」というバンドを結成し、メジャー・デビューを果たすのですが、成功を収めることが出来ず、大学に入る為にバンド活動を休止してしまいます。その後も、ソロで活動するなど、試行錯誤を重ね、彼のバックバンドとなるシルバー・バレット・バンドを結成し、全米をくまなく回るツアーを行うようになると、そのライブアルバムがヒットします。
そして、1977年に「ナイト・ムーヴス」が初めてシングルヒットすると、1980年には、アルバム『アゲンスト・ザ・ウィンド』が初の全米1に輝き、アメリカを代表するロックバンドになります。
そして、1987年にエディー・マーフィー主演の映画『ビバリーヒルズ・コップU』の主題歌としてリリースされたこの曲が初の全米1にシングルとなり、映画と共に大ヒットします。
ただ、95年にアルバムを発表すると、充電期間に入ってしまい、61歳となった去年、11年ぶりにニューアルバム『フェイス・ザ・プロミス』をリリースし、復活、シルバー・バレット・バンドと共に全米ツアーも行い、往年のロックファンを喜ばせてくれました。

◆11月1日(木)
松本伊代 「センチメンタル・ジャーニー」

中学時代にタレント・プロダクションにスカウトされて、1981年「たのきん全力投球」の田原俊彦の妹役で芸能界デビューした松本伊代。その後、いくつかのCMに出演し、1981年10月にこの曲「センチメンタル・ジャーニー」で歌手デビューします。
アイドルを多数輩出した「花の82年組」というイメージがありますが、実は81年デビューで、10月に歌手デビューしたため、その年の新人賞レースには名前が挙がらず、翌1982年に日本レコード大賞新人賞をはじめ、日本歌謡大賞など数多くの新人賞を受賞します。さらに日本武道館でのコンサートも成功させるなど、アイドル歌手として人気を博します。
その後は、テレビドラマに出演し、バラエティ番組の司会などもこなし、ミュージカル「アンネの日記」の主演や、映画「薄化粧」に出演、小説家としてもデビューするなど、幅広く活動するようになります。1993年にはB21スペシャルのヒロミと結婚し、2人の男の子の母親となり、2005年には、同じママドルである早見優、堀ちえみとともに「キューティ・マミー」を結成し、話題になりました。

◆11月2日(金)
ドナルド・フェイゲン 「I.G.Y.」

アメリカ、ニュージャージー州出身のドナルド・フェイゲンは、ニューヨークのバード・カレッジでウォルター・ベッカーと知り合い、スティーリー・ダンを結成します。2人は、ソングライター・チームとして自分たちの創った曲をプロモーションするためにバンドを結成したのですが、デビューアルバム『キャント・バイ・ア・スリル』が大ヒットし、一躍全米にその名が知られるようになります。
そして、7枚目のアルバム『ガウチョ』を最後に、スティーリー・ダンの活動をやめ、お互いにソロ活動をスタートさせます。1982年にソロ・アルバム『ナイト・フライ』を発表し、そのアルバムからのシングル曲となったこの曲「I.G.Y.」は、ラジオ局で強力にオンエアされて、大ヒットします。
特に、ドナルド・フェイゲンは、マニアックなまでに音に対するこだわりがあり、完璧主義を超越した音の完成度に対する執念は有名で、アルバム『ナイト・フライ』は、レコーディング・エンジニアのサウンドチェックの定番になるほど、「音のいいアルバム」と言われました。その後、目立った音楽活動がなく、1993年にウォルター・ベッカーがプロデュースする形で、セカンド・ソロ・アルバム『カマキリアド』がリリースされると、これがきっかけで、スティーリー・ダンが再結成され、ワールドツアーが行われます。
去年は、13年ぶりに3枚目のソロ・アルバム『モーフ・ザ・キャット』がリリースされて、初の全米ツアーも行われました。そして、スティーリー・ダンとしては、今年の夏、ビルボード・ライブ東京のオープニング・アーティストとして来日も果たし、話題になりました。

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