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◆6月11日(月)
プリンス 「パープル・レイン」
アメリカ、ミネソタ州ミネアポリス出身のプリンス。ジャズミュージシャンの両親の元で育ち、6歳からピアノに興味を持ち始め、独学でギター、ドラムなどの楽器を学び、学生時代からバンドを結成して、天才ギタリストとしての勇名を馳せていました。そして、19歳の時に高額な契約金とともに、プロデュースも含め、すべて自分で管理する権利をレコード会社から獲得。1978年にアルバム『フォー・ユー』でデビューを果たします。
そして、5枚目のアルバム『1999』のヒットを受けて1984年リリースした、自伝的な映画『パープル・レイン』のサントラが、世界的な大ヒット、その人気と地位を不動のものにします。
アルバム『パープル・レイン』からは、「ビートに抱かれて」「レッツ・ゴー・クレイジー」が2曲続けて全米シングルチャート1に輝き、また、それだけではなく、アルバムは24週連続1という快挙も成し遂げます。さらに、全くヒットしないだろうと予想されていた映画も7000万ドルの収益を上げ、映画のボックス・オフィス、アルバムチャート、シングルチャートすべてでナンバー1を獲得するという偉業も達成しました。
このアルバム『パープル・レイン』は、グラミー賞、アメリカ音楽賞、そしてアカデミー最優秀音楽賞も獲得し、全世界で1500万枚以上のセールスを記録します。
その後もこの成功に甘んじることなく、話題作を次々に発表し、2004年にはロックの殿堂入りも果たしています。
◆6月12日(火)
中島みゆき 「時代」
中島みゆきは、1975年にヤマハ「ポプコン」で歌った「傷ついた翼」が入賞したことが きっかけで、「アザミ嬢のララバイ」でレコード・デビューします。同じく1975年に行われた「ポピュラーソング・コンテスト」では、この曲「時代」でグランプリを獲得し、さらに「第6回世界歌謡祭」でもグランプリを受賞。この2つのグランプリを獲得した「時代」がセカンドシングルとしてリリースされ、大ヒットし、彼女を代表する1曲になります。
この曲のヒットによって、シンガーソングライターとしての才能が高く評価され、研ナオコ、桜田淳子、柏原芳恵、工藤静香、薬師丸ひろ子、そして最近では、柴咲コウ、トキオといったアーティストに楽曲を提供し、大ヒットし、シンガーソングライターとして大成功しています。
歌手としては、1977年に「わかれうた」がオリコン・シングル・チャートで1位を獲得し、80年代には「悪女」が、90年代には「空と君との間には」と「旅人のうた」、そして、2000年代には「地上の星」が、オリコン・シングル・チャートで1位を獲得し、4つの世代で、ナンバー1を獲得という誰も成し得なかった偉業を達成させました。
この曲「時代」は、1993年に郵政省のお年玉年賀状のCMソングとなったこともあって、リメイクされています。また、卒業式で歌われたり、音楽の教科書に掲載されるなど、今なお歌われ続けているだけでなく、今年「日本の歌百選」に選ばれ、まさに名実ともに時代を超えた名曲となっています。
◆6月13日(水)
ボビー・マクファーリン 「ドント・ウォリー・ビー・ハッピー」
ニューヨーク・メトロポリタン劇場で初の黒人ソロとして成功を収めたオペラ歌手、ロバート・マクファーリンを父親にもつボビー・マクファーリン。
1970年代後半からジャズ・シーンで活動をスタートさせ、1982年、アルバム『ボビー・マクファーリン』でソロ・デビューを果たします。ジャズ・ピアニストのハービー・ハンコックなどと共演するのですが、アカペラやヒューマン・ビートボックスのように、すべての楽器の音を自分の声で、表現するというスタイルで注目を集めます。
そんなジャズという音楽シーンでしか知られていなかったボビー・マクファーリンにトム・クルーズ主演の映画「カクテル」の挿入歌を作って欲しいという依頼が来て、書き上げたのが、この曲「ドント・ウォリー・ビー・ハッピー」。
1988年に全米bPに輝き、その名を全世界に知らしめることになります。口笛が印象的なこの曲は、その後も映画「ジャーヘッド」等でも使われていますが、日本では、「天才たけしの元気が出るテレビ」で使われました。
個性的なボイス・パフォーマー、ボビー・マクファーリンですが、ウィーン・フィルハーモニーの指揮をしたり、最近ではチック・コリアと共演したアルバムをリリースしています。
◆6月14日(木)
安室奈美恵 「CAN YOU CELEBRATE?」
1992年、スーパーモンキーズとしてシングル「恋のキュート・ビート」でデビューした安室奈美恵。
1995年からはソロとして活動を開始し、90年代最大のヒットメイカーである小室哲哉プロデュースの元で、「Chase the Chance」がミリオンセールスを記録します。
そして、1996年「Don't wanna cry」では、史上最年少での日本レコード大賞受賞をし、一気にスターの仲間入りを果たします。次々とヒット曲を生み出すだけでなく、若者のファッション・リーダーとして注目を浴び、そんな彼女のファッション・スタイルを真似る「アムラー」は社会現象を巻き起こし、流行語にもなります。
また、10代の歌手として初めてシングル・アルバムの総売上数が2000万枚を突破するなど、当時の10代の記録を次々と塗り替えます。
97年にリリースした、この曲「CAN YOU CELEBRATE?」は、200万枚を超すセールスを記録するだけでなく、2年連続日本レコード大賞受賞、そして、紅白歌合戦で2年連続でこの曲を歌うという彼女を代表する1曲にもなっています。
その後、ダラス・オースティンをプロデューサーに迎えたり、今井了介、ジブラ、バーバルとともにヒップ・ホップユニット「スイート・シーク」を結成するなど新たな展開を見せています。
6月27日には8枚目となるアルバム『PLAY』もリリースされます。
◆6月15日(金)
クィーン 「ボヘミアン・ ラプソディ」
ギターのブライアン・メイとドラムのロジャー・テイラーが在籍した「スマイル」というバンドに、ボーカルのフレディ・マーキュリーとベースのジョン・ディーコンが加わり1971年に結成されたクィーン。
1973年アルバム「旋律の女王」でデビューするものの、本国イギリスでは、あまり高い評価を得られず、日本ではデビュー当時から人気が爆発します。
そして、1975年にリリースした4枚目のアルバム『オペラ座の夜』が、ついにイギリスでもナンバー1を獲得し、この曲「ボヘミアン・ラプソディ」は9週連続1を記録します。
アルバム全体がオペラやミュージカルを劇場で体感しているような内容になっており、日本では勿論のこと、アメリカでもヒットし、クィーンの名を世界的に知らしめることになります。特にこの曲「ボヘミアン・ラプソディ」のオペラ風な部分は、コーラスを180回も重ねて録音しており、メンバーは1日12時間以上歌い続け、レコーディングに3週間もかかり、史上最高のオペラロックと言われています。
この年、日本に初来日も果たし、1000人のファンが空港に集まり、熱烈な歓迎を受け、日本武道館でライブを行います。
その後、「伝説のチャンピオン」「ウィ・ウィル・ロック・ユー」などのヒット曲を生み出しますが、1991年ボーカルのフレディがエイズで亡くなり、活動が停止してしまいます。
しかし、2005年に、ブライアン・メイとロジャー・テイラーにポール・ロジャースが加わり、クィーン+ポール・ロジャースとして活動し、来日も果たしています。
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