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◆12月25日(月)
マライヤ・キャリー 「恋人たちのクリスマス」
1990年代を代表するアメリカの女性シンガーで、全米でビートルズに次ぐ17曲のbPソングを持つマライヤ・キャリーのヒット曲。ニューヨーク州出身のマライヤは、オペラ歌手の母親のようにプロの歌手になることを夢みて、高校卒業後、ウェトレスをしながらチャンスをうかがっていました。そして、初めてアーティストとして回ってきた仕事が、ブレンダ・K・スターのバックコーラスで、これがデビューのきっかけになります。
パーティで、後の夫になったCBSレコードの社長トミー・モトーラを紹介してもらい、その席でブレンダ・K・スターがマライヤのデモテープをトミーに渡し、そのテープを聞いたトミーが、即マライヤと契約しました。その後、デビュー前にもかかわらず、NBAのオープニング・セレモニーで歌うなど、シンデレラ・ストーリーが幕を開け、1990年「ビジョン・オブ・ラブ」でデビューします。
この「恋人たちのクリスマス」は、子供の頃からクリスマス・ソングが好きでたまらなかったという本人の希望で制作されたアルバム『メリー・クリスマス』からのオリジナル・ソング。日本では、山口智子が主演したドラマ「29歳のクリスマス」の主題歌として130万枚以上のセールスを記録し、本国アメリカよりもヒットしました。そんなこともあって、これまで5回、日本でコンサートツアーを行っていますが、感謝の気持ちをこめて、日本ではアンコールで必ず歌われています。
◆12月26日(火)
鈴木聖美 with ラッツ&スター 「ロンリーチャップリン」
鈴木聖美は、1987年に34歳にしてシングル「シンデレラ・リバティー」でデビューしました。東京・大森出身の彼女は、20歳の時にバンドでリード・ボーカルを担当、数々のコンテストで優勝し、プロからの誘いを受けますが、「女の幸せは結婚」とバンドを脱退します。その頃、彼女が聞いていた音楽の影響を受けて育った弟、鈴木雅之がシャネルズとしてデビューしました。
2人の子供をもうけ、静かに弟の活躍を見守っていた鈴木聖美でしたが、弟の勧めでシャネルズのライブでアマチュアながらステージで歌い、好評を得ます。そして、アマチュアのまま「シャネルズ+1」として「もしかしてI LOVE YOU」をリリースしました。
シャネルズからラッツ&スターにグループ名を変更し、活動を続けていたのですが、これからは個人個人で活動をしていったほうが伸びると考えた鈴木雅之は、企画ものとして、離婚し、本格的にプロデビューした鈴木聖美とのデュエットソング「ロンリー・チャップリン」をリリースし、大ヒットしました。この曲は、いまだにカラオケで歌われることの多い名曲として歌い継がれています。
◆12月27日(水)
10cc 「アイム・ノット・イン・ラブ」
1970年、イギリスのマンチェスター出身、ボーカルでギターのエリック・スチュワート、ボーカルでベースのグレアム・グールドマン、ドラムのケビン・ゴドレイ、キーボードのロル・クレームの4人で、まず10ccの前身となるホットレッグスを結成します。その後レコード会社を移籍し、1972年、バンド名を10ccに改めて、デビュー。グレアム・グールドマンは元々ホリーズの「バス・ストップ」やヤードバーズの「フォー・ユア・ラブ」などを手掛けた売れっ子のソングライターだったこともあって、エリック・スチュワートとともにポップなメロディを作り、一方のゴドレイとクレームのコンビは、非常に前衛的なアイデアと高度な録音技術を駆使し、ポップなサウンドでありながら、アバンギャルドな雰囲気を醸し出し、イギリスでヒットしていきます。そして、1975年に架空の映画のためのサウンドトラックというアイデアから作られた3枚目のアルバム「オリジナル・サウンドドラック」がアメリカでもヒットします。
この曲は、そのアルバムからのシングルカットで、バックで流れている幻想的なコーラスは、4人のメンバーの声を256人分に増幅させて作られています。その後、音楽性の違いが顕著になって、ゴドレイ&クレームはバンドを脱退、ポリスなどのビデオクリップ監督として活躍します。また、エリック&グレアムは、1983年に10ccは解散しますが、再び2人で10ccを結成し、現在も活動しています。
◆12月28日(木)
中村雅俊 「恋人も濡れる街角」
もともとは外交官志望で、慶応大学在学中に英語研究会(ESS)に所属し、そこで英語劇に出演したことがきっかけとなり、演劇に興味をもち、卒業後、文学座に入ります。その後、オーディションで青春ドラマ「われら青春」の主役に抜擢され、人気を獲得、また自ら歌った挿入歌「ふれあい」がデビュー曲ながらオリコン10週連続1位の大ヒットとなり100万枚を超すセールスを記録します。また、同じ年に「ふれあい」というタイトルの映画にも出演、スクリーンデビューも果たします。その後「俺たちの勲章」「ゆうひが丘の総理大臣」などの青春ドラマに出演し、バンカラながら2枚目のイメージで人気を博していきます。また、役者活動と並行してレコードもコンスタントにリリースし、デビューから毎年コンサートツアーを行っており、その数は1300回を超しています。
この「恋人も濡れる街角」は、映画「蒲田行進曲」の主題歌として1982年にリリースされたのですが、作詞作曲は桑田佳祐が担当しており、桑田佳祐自身、アクト・アゲインスト・エイズのコンサートでカバーしています。中村雅俊は、「ザ・アメリカン・パスタイム」というハリウッド映画にも初挑戦しており、来年公開されます。
◆12月29日(金)
ヨーロッパ 「ファイナル・カウントダウン」
スウェーデン出身のヨーロッパは、ボーカルのジョーイ・テンペストを中心に1980年に結成され、当時は4人組で、フォースというグループでした。1982年にスウェーデンで、4000のバンドが出場したコンテストで優勝したのをきっかけにデビューが決まり、バンド名をヨーロッパに変更。1983年にアルバム「ヨーロッパ」でデビューしますが、デビュー当時から日本での人気が先行します。
その後キーボードが加わり、5人組になってリリースされたのが、この「ファイナルカウント・ダウン」で、全世界27ヵ国でbPというメガヒットとなり、アルバム『ファイナルカウント・ダウン』は、全世界で650万枚というセールスを記録しました。
その後、音楽性の違いからメンバーが脱退するなどし、1992年に解散してしまいました。しかし、1999年12月31日のミレニアムライブで再会したことがきっかけで再結成話が進み、2004年に12年ぶりにニューアルバムをリリース、去年、ジャパンツアーを行い話題になりました。
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