2020年3月11日(水)極シアター
【3・11震災特集 改めて「あの日何が起こっていたのか」をもう一度聞く】
この番組では、東日本大震災が発生した2011年、被災地・茨城県のラジオ局から生放送を行ったことを皮切りに、毎年この時期に被災地を現地取材した特集を組み、また、定期的な復興レポートをお送りし、現在も継続しています。
あれから9年を迎えた今年は、復興が進む一方で、取り上げられる機会が減りつつある、「あの日何が起こっていたのか」ということに、今一度焦点を当てることにしました。
これまでの取材させていただいた方は、偶然の出会いもふくめてほんとうにたくさんの方々にお話を伺うことができました。
そこで、きょうの極シアター・第1幕と第2幕では、ジャーナリストの門田隆将さんにもおつきあいいただき、これまでの取材の中で出会った方々の中から、野村邦丸とスタッフが、特に印象に残ったお二人を再び尋ねた模様をお届けしました。
そして、第3幕では、門田さん原作の映画、福島原発作業員の闘いを描いた話題作『Fukushima 50』について伺いました。
当時、福島第一原発の所長だった吉田昌郎さんとのつながりを作るまでや、実際にお会いして取材したときの様子、映画化に向けて亡くなった俳優の菅原文太さんが映画会社に熱心に働きかけをしていたことなどのエピソードを伺いました。
■映画「Fukushima 50」公式サイト
■死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発 (角川文庫)
■門田隆将オフィシャルサイト
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【石ノ森萬画館・大森盛太郎さん】(宮城県・石巻市)
津波来襲を受け、1階部分は天井近くまで浸水。約40人の避難者とともに3階のライブラリーなどで、自衛隊の救助が来る5日間、協力しあって過ごしていたそうです。
その際、蔵書の漫画を読んで過ごしていたとのこと、「漫画には、こういう力があるんだ」とあらためて知ったと、大森さんはあの日のことを思い出しながら、話してくれました。
2014年3月11日は、この場所から4時間の中継を行いました。
1階の天井付近まで浸水しました。
特徴的な建物の石ノ森萬画館。旧北上川の中洲に建てられています。
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石ノ森萬画館最新情報 MANGATTAN NEWS!
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【浜べの料理宿 宝来館・女将 岩崎昭子さん・世那さん】(岩手県・釜石市)
釜石市・根浜海岸にある「浜べの料理宿・宝来館」。
ご自身も津波に飲まれながらも間一髪で助かり、それ以来"震災の語り部"としても精力的に活動している女将・岩崎昭子さんに、あらためてあの日のことを語ってもらいました。
釜石は「津波てんでんこ」の教えが徹底しており、釜石市内の小中学校では、すべての児童・生徒、約3千人が即座に避難したことで、その生存率は99.8パーセントだったそうです。
女将さんも、祖母の教えを守り、丈夫な旅館にしたものの、さらに念には念をいれて、裏山への避難路を造り、もしもの場合に備えていました。宝来館は、震災直後は、地域の避難所として最大120人が身を寄せて、救助や支援の手がとどくまで、協力し合いながら乗り切りました。
震災後は、一部の部屋を使って、いち早く営業を再開しながら、2015年4月、木のぬくもりが温かい宿としてリニューアルオープンさせています。
「浜べの料理宿・宝来館」では、宿泊者を対象に、朝食後30分から40分程度、女将さんによる"語り部の会"を開いています。
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浜べの料理宿・宝来館
女将の娘・世那さんは、当時東京の看護大学に通う学生でした。実は、発災当時の記憶がほとんど無く、母親の女将さんとも当時の話をこれまでしてこなかったそうです。
今でも宝来館を襲う津波の映像を見ると、胸が苦しくなって見ることができないとのことで、今回取材を受けてくださる姿(震災の話をする姿)も、女将さんは初めて見たそうで、世那さんからこんな話を聞くとは思わなかったと話していました。
世那さんはラジオが大好きで、ラジオに救われたこともたくさんあったようです。我々が文化放送の取材班と知って、ラジオだからと声をかけてくれたのも、あとからわかりました。
母親が語り部として活動する様子を見て、自分でも何か変わらないといけないと思ったのかもしれません。マイクに向かって、自分の言葉でたくさんしゃべってくれました。
傍で聴いていた女将さんは、娘がこんなこと考えていたのかと、時には目を丸くし、時には涙を浮かべて、世那さんから発せられる言葉一つひとつを噛みしめるように聴いていたのが印象的でした。
ラグビーワールドカップ2019日本大会では、釜石鵜住居復興スタジアムも会場になり、世界から観客が集まりました。
当日は、地元の2千人の小中学生が招待され、自分たちのおもてなしの気持ちを歌に託して、ゲーム前に大合唱するシーンも見られました。
予定していたナミビア対カナダが台風で中止になりましたが、カナダの選手が、土砂や泥を撤去するボランティア活動をしたというニュースがありました。それ以外にも、海外から来た観客が、自分たちで買い出しして、地元のお宅に差し入れをして歩いたり、一緒に飲んだりしたシーンもあったそうです。ここにもノーサイドがあったのでした。
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【気仙沼大島 大漁丸・菊池幸江さん】(宮城県・気仙沼市)
いつも元気なサッちゃんに会いに、石巻から釜石への移動中、気仙沼で寄り道した取材班一行。相変わらずの笑顔に会えました。
橋が開通して、昨年の秋口までは賑わったそうです。今月8日には観光施設「気仙沼大島ウェルカム・ターミナル」もオープンし、島の魅力に触れやすくなったのは間違いありません。
これまで、気仙沼大島には、フェリーでしか渡れませんでしたが、2019年4月、気仙沼市街地と気仙沼大島を渡す待望の橋「気仙沼大島大橋(つるかめ橋)」がかかりました。この橋によって100年の歴史があったフェリーはなくなってしまいましたが、路線バスが通るようになりました。行きやすくなったことから、今後、島内の様子も変わって行くことでしょう。
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