第56回かもめ亭 2012年6月レポート
文化放送主催第56回『浜松町かもめ亭』が6月25日(月)、文化放送12階「メディアプラスホール」で開かれました。 今回の番組はテーマとして「落語東京切絵図」と命名され、ネタ出しされた演目は全て江戸の町にちなんでいます。
番組は
『饅頭怖い』 瀧川鯉○
『湯屋番』 立川こはる
『百川』 三遊亭圓橘
仲入り
『義眼』 立川龍志
『小言幸兵衛』 古今亭菊志ん
といった、顔ぶれでした。
<瀧川鯉○さん>
開口一番は瀧川鯉昇師匠門下の十一番弟子で、“鯉昇師匠門下前座六人衆ふの一人・瀧川鯉○さんが今年三月以来、『かもめ亭』二度目の登場。
マクラを手短かに振ると“怖い怖いも好きのうち落語”『饅頭怖い』へ。但し、この演目のみ、「落語東京切絵図」の外でございます。
落語ファンならずともお馴染みの「饅頭が怖い」といって、仲間を騙して饅頭を食べまくる洒落っ気の強い詐欺落語ですが、鯉昇師匠の十八番ネタの一つだけに、トント ン運びながら、「ボタ持ち682ケで胃痙攣」「白湯を呑みながら御陽気に」なんて、鯉昇師匠独特のギャグをキレ良く発するのは流石。桃月庵白酒師匠、柳家甚語楼師匠の両俊英を輩出した早稲田大学落語研究会出身ですから、並の前座さんとは訳が違う!達者な御座固め、御苦労さまでした。
<立川こはるさん>
続いては、「かもめ亭のマドンナ」を卒業した立川談春師匠門下のホヤホヤホ二ツ目・立川はるさんが、湯気の立つ二ツ目として、紋付き姿でかもめ亭初登場。出囃子も新たに『不思議なポケット』は可愛らしい。因みに早逝された一門の兄弟子の出囃子を受けついたものなのだそうです。
「かもめ亭の前座を六年勤めまして、かもめ亭と前座の自分と、どちらが先になくなるかと思っていましたが、無事やっと二ツ目になりました。人生の所が全ての幸せを全身に受けています。今度は紋付きの着方が分らなくて」なんていってましたが、余程緊張したのか、そのうち「文化放送も被災地慰問に噺家などを派遣されているようですが、下手な芸人が行くと二次災害で」なんと物騒な事を言ってから、直ぐに“目白の小さん師匠が落語の中で一番能天気だといった若旦那が暴れまくるぞ落語”『湯屋番』へ。自分の持ち時間を考えたとかで、居候のマクラも慌ただしく、マクラに使う川柳の順番なんか滅茶苦茶で本題へ。そんなに気を遣わなくてもいいのに(笑)
遊び好きでお家を勘当された若旦那。居候していた職人の家も邪魔にされ始めます。職人のかみさんが邪険で、若旦那に薄〜く「団結したオマンマ」の入った茶碗しか渡してくれない。ここでかみさんが「片付けましょう」と言いながら、御櫃やお膳をどける仕種を自然としましたが、これが巧いのに感心。後で聞いたら、自然と手足が動いたそうですから、資質ですな。
かくして虐待された職人の家を離れ、若旦那は日本橋薪町の銭湯へ奉公に行かされますが、銭湯についた途端、「お湯屋だ。いい匂いがするよ」といったのも、銭湯の雰囲気を醸し出す良いセリフでしたね。
これから銭湯の主人相手に若旦那はパアパア言いははじめますが、「女の子を連れて温泉巡りをしてラジウムを発見する」「新しい発想ではありますね」なんて遣り取りも結構なもの。主人が食事に出た間、若旦那は念願の番台に座りますが、ここで「男ってのは何で自分の物を一生懸命洗おうとするのかね?」というセリフをこはるさんから聞こうとは思わなかった!マドンナも色気が出てきたのかな。確かにこの後、若旦那の妄想に登場する小唄のお師匠さんが番台を振り返って、「あらま、よろしく」と言った表情の色気は今まで見た事がありませんでした。更に若旦那は「いつもの事だ、お袋に死んで貰おう」などとうそぶきつつ、ひたすら小唄のお師匠さんとの情事妄想に耽るのですが、その当たりのカッ飛び方もな〜んかひと皮向けた感じのこはるさんでありました。
<三遊亭圓橘師匠>
仲入り前は「五代目圓楽一門」の重鎮・三遊亭圓橘師匠がかもめ亭久々の登場。兼好師匠と百栄師匠の真打昇進披露会以来でしょうか。
当日は生憎と大変な風邪声でしたが、「先代の桂文楽師匠は一寸喉の調子が悪いと“本日は風邪声でございます。申し訳ございません”なんて言ってましたが、私は本当にその状態で」と、一寸辛そうな感じ。とはいえ、そこから「木遣り」「辰巳芸者」など師匠の地元、深川の名物を挙げて、そこから今年の八月が深川八幡の本祭りで、永代橋を御輿が渡る、という江戸前のマクラを振って、“本当から出たうそみたいな落語”『百川』へ。六代目圓生師匠の十八番でしたが、圓橘師匠は先代圓楽師匠から御稽古を受けたとのこと。いわば、圓生直系の演目であります。確かに、料亭・百川の旦那の口調には圓生師匠の雰囲気が残っておりましたね。
夏の祭りを控えた日本橋の料亭・百川。河岸の若い連中が色気付けに常磐津の歌女文字師匠を日本橋長谷川長の三光新道(今の人形町の近く)から読んで来て貰おうと、店の者を呼びます。しかし、そこに現れたのが本日、奉公にやってきたばかりの田舎者・百兵衛。この百兵衛が「主人家の抱え人で」と言ったのを、河岸の跳ねっ返り者の初五郎が「四神剣(祭りに突き物の旗差し物)の掛けあい人」と勘違いして、頓珍漢な遣り取りが始まります。
結果、百兵衛は「大きな慈姑の金団」を丸呑みするハメになりますが、その辺り、「御酒は一向に食べませんで」と慈姑の金団を呑みこんで噎せる百兵衛の純朴な雰囲気は流石ベテランの技。一方、「相手が例え緋縅の鎧を着ていようと」「おれだって御初会は驚かァ」と話す歌詞の若い連中の口調が、ちゃんと「江戸前の勇み」になっているのも結構なものです。どうしても、最近の若手が演じると三下の這出しみたいになっちゃうのですね。
掛けあい人でなく、店の奉公人と分った百兵衛さん。使いに出掛けますが、今度は長谷川町で「歌女文字」と外科の先生「鴨池元琳」を間違えてしまい、更に噺が混乱を増して行くという、「これぞ江戸前、黄表紙・洒落本・八笑人の世界の馬鹿馬鹿しさ」を堪能させて戴きました。
<立川龍志師匠>
仲入り後は、立川流のベテラン・立川龍志師匠が志遊師匠の真打昇進披露会以来のかもめ亭出演。 「夜が物騒になりましたが、落語演ってるとこは大丈夫。変な奴も来ないけれど、まともな奴も来ない。丁度良い人が来る。言葉だけで想像しよっていんですから、落語というのは大変な芸ですが、その半面、間違えると喜ばれるって不思議な商売で」と滋味豊かに話を始め、そこから「患者を殺して医者は初めて一人前になる」なんて、それこそ物騒な医者に関する「でも医者」「藪医者」「足蹴医者」と医者の小噺のマクラを並べてから、さらに「黴菌は体の出てる所に着きますな。握手なんての黴菌を映してるようなもんで」と話を進めて、さて本題は?かつて人情噺を演じて、先代中村勘三郎丈を噺で泣かせた程の実力者ですが、今夜の演目は“これだけ下らないと落語以外の芸能では演じない落語”『義眼』。古今亭志ん生師匠、先代古今亭志ん馬師匠、先代桂文治師匠がよく演じていたナンセンス落語の秀作ですが、最近はなかなか寄席でも演じられません。
「目玉がガタガタしませんか?」という、もったいぶって落ち着いたのが可笑しい医者のセリフから入るのは、桂枝雀師匠の演出に近いでしょうか。目の病で片方を義眼にして貰った患者。目が入って良い男になった所を馴染みの花魁にみせようと吉原へ繰りこみます。ここが「落語東京切絵図」の本舞台。
花魁にもてたのは良いのですが、隣の部屋にいたのが花魁に振られた頭にきている酔っ払い。「紙ィ揉んでるよ。終わっちまったのか」と花魁が隣の部屋から出て行き、義眼の男が寝息を立て始めると、酔っ払いは「喉が渇いた」と廊下に出ます。たまたま隣の部屋を覗くと枕元に水の入った茶碗があったのが運のつき。「酒呑んだ後の水が好き」と「これ幸い」とばかりに呑み干しますが、「変なにおいがするね」と不思議な表情。実は茶碗の中には「使わない時は水にいれて冷やしておけ」と医者に言われた義眼が入っていたから、さあ大変。
吉原から帰った翌日から、この酔っ払い、便秘になってしまいます。そこで現れたのが第二の医者。「中に何か詰まっているらしい」と尻の穴を覗く望遠鏡のようなものを余っぱいらいの尻に差しこみます。
実はこの器械、今や病院の消化器科で直腸を覗く時に本当に使っておりまして、私は使用された経験がございますのよ。厄介な事に直腸を広げると屁が出ちゃう事が多く、私も女性のお医者さんに屁をぶっかけてしまいました。
さて、この噺に登場した医者が望遠鏡の策に見たものは!
龍志師匠のようなベテランなればこその恬淡とした味わいでございましたね。
<古今亭菊志ん師匠>
本日のトリは若手真打で進境著しい古今亭菊志ん師匠が本年二度目の出演。
まずは「今はなんでも女性中心の世の中ですが、女性は頭に浮かんだ事を直ぐ口に出すと言う特徴がありますね。マグロの解体ショーを見ていて、“可哀想”と言ってる傍から“美味しそう”という。“女子会”というのも増えてきましたが、年齢制限の無い”女子”の会で、同世代の女性がお互いに”恋人”いないわよね“という確認をする会みたいです。一方、男は仕事の場からアフター気分に転換するのが下手で、会社で部下を持ってる人などは、”こうあるべきだ“がハッキリしていて、つい人に注意する癖がありますね」と、トントンとマクラを運んで“なんで麻布の古川にこういう人物がいる設定になったか分らない落語”『小言幸兵衛』へ。
「麻布の古川に田中幸兵衛という大家さんがいまして、この人が大変な小言屋で、人呼んで“小言幸兵衛”」と入りますが、この噺、元々は上方落語で『借家借り』という題名。三代目小さん師匠の十八番でしたから、明治の中盤位に東京へ移した際、「麻布の古川」という設定になったようです。因みに本来のオチに関わる「ポンポン言う」という言葉は今も上方言葉のままでありますぞ。
幸兵衛さん、兎に角、小言が好きというか、小言マニアというか、まずは朝から長屋を見聞しては小言を言いまくります。実は、江戸時代の長屋の大家というのは「町役人」、つまり「幕府の警察権の一端をになっていたので、長屋の安全を始終監視していたものなんだよ」と柳家小満ん師匠から伺いました。
菊志ん師匠の幸兵衛は長屋で「同じ奴に毎日同じ小言を言ってる」と字書くするほど小言を言いまくると、御天道様にも文句をつけた挙句、帰宅してからはかみさんを相手にありとあらゆる家事に文句をつけて行きます。性格的にいうと、嫁さんを相手にした姑みたいなクレイマー爺さんなんですね。落語界の楽屋でいうと、先代橘家圓蔵師匠が小言幸兵衛で有名でした。菊志ん師匠は非常に粒の立つ早口なので、ポンポンポンポン小言をいうのが似合います。
そこへ運悪く現れたのが二人の「借家を仮に来た人」。最初の豆腐屋は所帯を持って七年になるのにまだ子供がいないというと「(そんなかみさんは)死ねば良いのに。そんなかみさんとは別れて、おれの長屋へ来い。四季に孕む、泥棒猫みたいなかみさんを紹介してやるから」と言われて激怒して立ち去ってしまいます。確かに、殆どセクハラみたいな悪口雑言ですが、これは江戸時代の悪口の一つの典型、風俗史料でもあります。江戸の職人世界では「飯を早く食えってんだ。モタモタしてると口の中で糞になっちまうぞ!」くらい言うのが当たり前だったんだそうです。
二人目に借家を借りにきた仕立て屋は最初のうち、応答が丁寧だというので幸兵衛の小言の対照にされずにいましたが、倅が二十歳で仕事の腕が良くて独り身と言った途端、小言の矛先が向いてきます。ここの幸兵衛の表情、キラリと光る眼付には、「クレイマー性格」の人によくある「尻尾を捕まえたぞ!」という可笑しさがありますね。
「二十歳で良い男で腕が立って独り身、それを抜き身で放ってあんの?!物騒な物を持って来んじゃないよ!」から愈々小言再開。
幸兵衛は、仕立て屋の倅が越して来ると、御向かいの下着屋の娘・お花と出来てしまい、遂には心中に至るという、『湯屋番』の若旦那も顔負けの妄想を繰り広げます。「これから長くなるから足を崩していいよ」という幸兵衛、「この長屋には越して来ない方が」と逃げ腰になる仕立て屋の丁々発止の遣り取りとなります。かくして、幸兵衛の「どうすんだ、この火照った体を」や「薪拾いに行くようだよ」といった独特のギャグをちりばめながら、菊志ん師匠の高座は小言街道をすっごいエネルギーで驀進して行くのでありました。
という訳で第56回浜松町かもめ亭 落語江戸切絵図」も先月に続き、心身気鋭の二ツ目さんと若手真打による「妄想二題」と、大ベテラン御二人の「勘違い二題」で、お客様に御堪能を戴けた次第・・・・・次回のかもめ亭も、何卒御多数ご来場あらん事を。
高座講釈:石井徹也(放送作家) |