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アクティビスト・ジャパンの最近のブログ記事

タイ・カンボジアの地雷除去支援・ジオ・サーチ社長・冨田洋さん

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2度目のご登場、ジオ・サーチ社の代表取締役社長、冨田洋さんにお越しいただきました。

ジオ・サーチ社は、道路の陥没予防の調査会社で、東日本大震災のときも被災地へ度々出動されました。

それと同時に、会社の技術「路面下空洞探査システム」を活用して、この15年にわたり

タイ・カンボジアの地雷除去支援に取り組んでいます。

国連経由で依頼があり、「地雷除去専門者会議」等に出席するうちに

次第に地雷探知に没頭するようになります。

試作機「マイン・アイ」を手にカンボジア入りしたところ、インフラがなく、地雷が残留し、住民は

貧困を極めていました。地雷除去はあくまで手段で、現地の経済を復興させることが重要と考え、

NPOを立ち上げました。

地雷除去作業を通して、それまで敵対していたタイとカンボジアが歩み寄り

両国の国境にまたがる遺跡「プレア・ヴィヒア寺院」周辺を共同復興させて世界遺産登録を

目指すことに。なんと甲子園球場17個分の地域に残留していた地雷・不発弾を2年がかりで除去。

地雷が除去されたことで寺院に観光客が殺到し、ついに「プレア・ヴィヒア寺院」は世界遺産として登録されました。

冨田さんの、震災直後からの記録をまとめた本「多発する空洞化現象からインフラを守れ 復活の道」

幻冬舎から1200円+税で発売中です。

 

ジオ・サーチ株式会社 公式サイト

http://www.geosearch.co.jp/

「おから」からバイオエタノールを作り出す!静岡油化工業社長・長島磯五郎さん

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今年82歳。日本一のリサイクル会社を興したい一念で52歳で起業、あの「おから」から

バイオエタノールを作ってしまった、静岡油化工業の社長・長島磯五郎さんにお越しいただきました。

依然は、魚のアラ等から飼料を製造するお兄さんの会社で働いていた長島さん、

52歳でいまの会社を興し、おからの乾燥機を開発。そして植物油の廃油再生機を導入して、

廃油からバイオディーゼル燃料を作り出すことに成功。

さらにおからからバイオエタノールを作るプラントも完成と、環境に優しいリサイクル事業に

取り組み続けています。

おからが捨てられているのがもったいないと思い何年もかけておから乾燥機を開発したが

当初は乾燥おからが売れず苦労しましたが、おから乾燥機は注目され、そこが突破口になり

乾燥おからの飼料が広まっていきました。

おからからバイオエタノールを作る過程も、試行錯誤の連続と、民間企業の協力が

あってできました。平成20年にプラントが完成、事業としてはまだまだですが

毎月2500トンほど運び込まれるおからの99%は飼料になっています。

今後は、大量に出ている食品の残渣(生ゴミ)から燃料を作り出して、燃料輸出国にしたいそうです。

 

静岡油化工業株式会社 公式サイト

http://www.shizuokayuka.co.jp/

被災地で無料巡回上映会・みやこシネマリーン支配人・櫛桁一則さん

震災後の去年5月から、被災地を回る巡回無料映画上映会を続けている

岩手県宮古市「みやこシネマリーン」支配人の櫛桁一則さんに、地元宮古からお電話でご出演いただきました。

みやこシネマリーンは、国内初の、生活協同組合が母体となる映画館として1997年に誕生しました。

震災当時、仕事で盛岡にいた櫛桁さん、急いで宮古に戻りました。

映画館の設備には大きな被害はありませんでしたが、海に近い地区は津波に襲われ、壊滅状態だったそうです。

直後は「今は映画どころではない」と思いボランティア活動を行っていた櫛桁さんですが、

「映画館はやってないの?子供がドラえもんを楽しみにしている」と言うお母さんの声が耳に。

何人でもいいから見たい人がいるなら映画館を再開しようと、震災からわずか15日後の3/26に再開します。

シネマリーンの営業と並行して、たくさんの被災地で、無料巡回上映会を始めました。

小中学校や仮設住宅を会場に、既に100回を超えた上映会には、たくさんの子供たちが。

スクリーンに向かって笑ったり応援したり、映画館では感じたことのなかった反応だったそうです。

年配の方々の反応も子供たち以上。「男はつらいよ」と落語のコラボ企画では

「震災以来始めてこんなに笑ったよ」という声をもらいました。

募金をいただくのですが「1800円」募金してくれる人が多いんです。「映画1本分」ってことですね。

この活動は、映画ファンからの募金が土台になっています。岩手のほかにも宮城や福島で

同じ活動をしている団体もいます。

復興まで何年かかるか、何をもって復興なのかわからないように、この活動のゴールもわかりません。

しかし、こういう心のケアをするソフト面の活動は、ますます大事になってくるでしょう。

 

みやこシネマリーン 公式サイト

http://www.geocities.jp/cinemarine/

震災直後から奔走、陥没事故を防ぐためのインフラの内科医・冨田洋さん

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東日本大震災直後から、陥没事故を防ぐために奔走し続けてきた、インフラの内科医こと

ジオ・サーチ社社長の冨田洋さんにお越しいただきました。

ジオ・サーチ社は、道路の陥没予防の調査において、世界ナンバーワンの実績を誇る会社。

普段は、道路の陥没を招く空洞がないかを調べたり、構造物の内部の様子を調査するのが仕事ですが

地震などの際にも緊急出動し、主に国道など輸送路の安全確保に努めてきました。

今までのどの地震よりすさまじかったのが東日本大震災。

震災後、震災対策室を設置し、早速現地入りして空洞の調査を行いました。

その際も2次災害を防ぐため「スタッフの安全最優先」地球のERとして

「頼まれた調査は絶対に断らない」に留意しながら活動なさったそうです。

仙台では、地下鉄の駅周辺に、長さ100mに渡る陥没が見つかりました(連結された通常の1車両分)

建物や道路の重傷軽傷を、瞬時に判断して表示することを続けました。

冨田さんの震災直後からの記録をまとめた本「多発する空洞化現象からインフラを守れ 復活への道」

(幻冬舎)発売中です。

また、富田さんは12年に亘って地雷除去支援の活動もなさっています。

こちらの話も、次回お越しになったとき、是非うかがわせてください!

 

ジオ・サーチ株式会社 公式サイト

http://www.geosearch.co.jp/index.shtml

途上国の子供たちに未来の仕事を「One Of Loveプロジェクト」夏木マリさん

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歌手、女優の夏木マリさんにお越しいただきました。

夏木さんが、パートナーの斎藤ノヴさんと一緒に立ち上げた「One Of Loveプロジェクト」。

途上国の子供たちの未来のために支援を続けるプロジェクトです。

2008年に子供たちに会いに、バングラデシュとエチオピアに行ったことがきっかけだそうです。

エチオピアで、大好きな「バラ」と出会った夏木さん、バラを使った支援の仕組みを確立しました。

夏木さんが品種改良をプロデュースしたバラの品種「マリルージュ」の売り上げの15%、

そして6/21に行うライブの収益金などをプロジェクトの資金に。

また、エチオピアのバラが一年を通して買えるようになりました。

実際にエチオピアのバラ園に行ってみた夏木さん、最初はそこで働く女性たちにも

笑顔がなかったそうですが、夏木さんたちが支援でパソコンを送ると

自分たちの仕事の意味(作ったバラがどう役立っているか)を知ることができ、

仕事のやりがいを再認識し、笑顔になってきたそうです。離職率も下がったとか。

6/21のライブのお知らせです。

「One Of Love Vol.3 途上国の子供たちに未来の仕事を贈るプロジェクトGIG」

出演は仲井戸麗市さん、泉谷しげるさん、竹中直人さん、土屋アンナさんほか多数。

もちろん夏木マリさん、斎藤ノヴさん夫妻も出演します。

詳しくは下記公式サイトでどうぞ。

 

One Of Loveプロジェクト 公式サイト

http://www.oneoflove.org/

 

 

 

日本でただひとりの「江戸売り声」漫談家・宮田章司さん

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江戸時代、庶民の時計代わりとまで言われた「売り声」を21世紀の現代、寄席の舞台で

披露されている「江戸売り声」漫談家の宮田章司さんにお越しいただきました。

1933年生まれの宮田さん、最初は漫才師として演芸界にデビューし

昭和30年代、文化放送でレギュラー番組をお持ちだったそうです!

(浜松町の新社屋にびっくりされていました)

今年79歳にはとても見えない!特に商売道具の声、とてもマイク乗りがいいんです。

今年の1月に、素朴社から「いいねぇ~『江戸売り声』絵で見る商いの原風景」を

出版されています。

この中に収められている100もの売り声から「古骨(古くなった番傘)買い」「落ち毛買い(京都では「おちゃない」)」

「ところてん売り」など実際に演じていただきました。

「魚売り」は、イワシ、サンマなど、魚の種類で売り声もぜんぜん違うんですね!

ニューヨーク公演も経験された宮田さん、ジャルパックのCMに出演したときは

タイムズスクエアのど真ん中で売り声を披露したそうです。

宮田さんの江戸売り声を生で聴ける寄席の予定は

6/26~5日間、浅草演芸ホール

7/1~10日間、池袋演芸場

そして、8/18~、江戸博での出演予定もあるそうです。

 

宮田章司さん 公式サイト

http://www013.upp.so-net.ne.jp/urigoe-miyata/

水産復興に奔走する、元漁師で現水産庁職員・上田勝彦さん

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日本の水産復興のため、メディアへの露出、更には、料理教室から魚の店頭販売まで

何でもこなす、異色の水産庁職員上田勝彦さんにお越しいただきました。

子供のころから魚に慣れ親しんだ上田さん、長崎大学水産学部在学中に行った

シイラ釣りがきっかけで一気に傾倒、休学してまで漁業にのめりこみました。

卒業時、漁師仲間からの「大学出てるんだから、わしらの声を中央に伝えてこい」という

言葉に背中を押され、かくして元漁師という異色の水産庁職員が誕生しました。

南氷洋の捕鯨船、マグロ漁船など遠洋漁業で修行を積み、鳥取の境港で

携わったベニズワイガニの仕事で、魚の価値を上げるための広報活動も必要だと気づきました。

いま、水産の復興を考える会である「Re-Fish」という団体で、日本の魚食の復興を目指して

啓蒙活動を行っています。

Tシャツにゴム長と、魚河岸スタイルの上田さんと安西真実ちゃんの

マニアックな魚トークが炸裂!

「利きツミレ」にも挑戦してもらいました!

 

被災地で活動するボランティピエロ「いちろうくん」こと大石一郎さん

東日本大震災で笑顔を失ってしまった子供たち癒すため、被災地で精力的に活動する

ボランティアピエロの「いちろうくん」こと大石一郎さんに、お電話でご出演いただきました。

もともと、ラーメン店を営む傍ら、ボランティアでクラウン(ピエロ)活動をしていた大石さん。

震災からまだ1ヶ月の4月13日、経営するラーメン店に「臨時休業」の貼り紙をして

川越の自宅から50ccバイクで「ボランティアピエロ」の旅に出ました。

当初10日間の予定が実に212日間。ピエロを演じた場所は204箇所。

被災地の方々の温かい対応と、子供たちの喜ぶ顔を見ているうちにやめられなくなり

北へ北へと向かううちに3ヶ月が経ってしまいました。

岩手の宮古で折り返して南下するうち、行きに大船渡で会った子供が

「いちろうくんを探している」ということを知り、帰りにも訪れ、再会したとか。

宮城の東松島市、野蒜地区の「のびる幼稚園」には36回通いました。

ついにラーメン店を廃業、また東北の地に向かっています。

子供たちの笑顔がすごく嬉しいそうです!

 

「川越ピエロの いちろうくん」公式サイト

http://ichiroukun01.wordpress.com/

 

馬の精神的なケアをする精神内科医・ホースクリニシャンの宮田朋典さん

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日本でただひとりの、「馬の精神内科医」ホース・クリニシャンの宮田朋典さんにお越しいただきました。

馬の行動学、心理学、調教学に基づいて馬の悪癖や問題行動を検証し、調教馴致するお仕事です。

自らを「草食」とおっしゃる宮田さん、自分と馬のメンタルがとても近いことから、ごく自然に馬の行動や心理が

シンクロ氏し、この道を選びました。

馬のメンタルケアをするには、まず、母馬を演じることだそうです。

母親役になって、馬を自然に近い形で躾していくことで、馬と心を通わせることができます。

馬は基本、悩みはありません。しかし人間社会と関わることで

ストレスがたまり悩みが生まれます(厩舎から出てこない馬、集団行動ができない馬、

調教に耐えられず、調教師や関連の人を嫌いになってしまう馬)。恋愛の悩みだってあります。

メンタルケアを行うことで、ゲートの悪癖が矯正されたり、苦手を克服した馬たちは確実に成果を示します。

宮田さんは全国をまたにかけて、競走馬、乗馬クラブの馬など月に150頭ほどの馬のフォームや行動をケア

しています。誰もが知っている有名な馬のケアをされたことも。

今月はJRAで大きなレースが続きますが

馬の行動で精神状態がわかる宮田さん、ポイントは馬の口の動きだそうです。

ゆっくり動かしている馬は精神的に安定しているそうですよ!

宮田さんがオーナーを務める

カウボーイ アップ ランチ 公式サイト

http://www.cowboy-up-ranch.jp/

東日本大震災で犠牲になった方々のご遺体を復元・復元納棺師の笹原留似子さん

岩手県北上市で、参加型納棺という、新しい納棺を取り入れた会社・桜の代表取締役をなさっている

復元納棺師の笹原留似子さんにお電話でご登場いただきました。

札幌出身の笹原さん、ホスピスで働いているときに、多くの患者さんを看取ってきたことがきっかけで

復元納棺師に。東日本大震災におけるその活動で「シチズン・オブ・イヤー」にも輝いています。

震災直後、すぐに笹原さんは被災地・陸前高田入りしました。身元不明の3歳くらいの女の子の

遺体を見て、綺麗な顔に戻してあげたいと思ったが、復元は遺族の許可が必要なため、

身元不明のままではそれが出来なかったそうです。それが悔しくて、出来る限り、震災で亡くなった方々の

ご遺体の復元をやっていこうと決めました。

笹原さんは、復元なさったご遺体の手を温めて、ご遺族と会っていただくそうです。ご遺族が、

故人にかけられる言葉は印象的なものばかりです。お母さんと、生まれたての赤ちゃんの母子の

復元なさったこともありました。また、故人(女性)のお兄さんからの依頼で「今度の結婚記念日に

夫から指輪をもらうのを楽しみにしていた妹に、その指輪をつけてあげたい」という願いに、

損傷が激しかったが時間をかけてなんとか左手、そして指を復元したそうです。

今西乃子さんが書かれた、笹原さんの児童ノンフィクション文学

「心のおくりびと 東日本大震災 復元納棺師~思い出が動き出す日~(金の星社)」に

詳しく書かれています。(邦丸さんは涙で読めなくなりました)

笹原さんが代表を務める「桜」HP

http://www.sakura-noukan.com/main/

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