3月28日(月)「子供時代の伍代さん」
東京代々木八幡に生まれた伍代さん。実家は魚屋さんで、小さい頃から親が働く様子を見て育ちました。学校では学級委員や班長などはやっていましたが、実は恥ずかしがり屋で、人前に出るのは嫌いだったそうです。子供の頃からとにかく演歌好き。雑誌の付録についていたソノシートが聞きたくて、親にお願いしてポータブルレコードプレイヤーを買ってもらいます。そんな伍代さんが一番最初に買ったレコードとはなんだったのでしょうか?初日の今日は、子供時代を振り返っていただきました。
3月29日(火)「下積み時代」
「演歌歌手になるのは当然」と、思い込んでいた伍代さん。高校1年生の時に、街であきらかにスカウトマンと解る人を見かけます。自らその人の前を何往復もし、なんとか声を掛けてもらうことに成功します。ボイストレーナーの先生を紹介され、本格的に歌手を目指すことになったのですが、そこから始まる紆余曲折。実は伍代夏子という名前になる前に何度かデビューもしましたがヒットには結びつきません。夜のスナックでの辛いキャンペーンも経験しました。今日は下積み時代のお話です。
3月30日(水)「人気歌手への仲間入り」
名前を変えて再デビューを繰り返し、4回目でやっと「伍代夏子」にたどり着きます。
姓名判断の先生にお願いして決めた名前ですが、実はこの「伍代」には、憧れのあの歌手の名前が隠されているそうです。 そして、その伍代夏子としてのデビュー曲「戻り川」で、やっと人気歌手への仲間入りを果たします。辛いと思っていた下積み時代のキャンペーンも無駄ではなかったと振り返ります。
3月31日(木)「杉良太郎さんとの結婚」
「お芝居をやりたいのなら、杉良太郎さんの舞台をみておきなさい」と日舞の先生に連れて行かれたのが杉さんとの出会いでした。楽屋でごあいさつをしたところ、次の舞台にも誘われます。伍代さんがプレゼントしたエルメスのコーヒーカップがきっかけで、ふたりはお付き合いに発展しますが、そこには、とある杉さんの思い込みがあったそうです。ところで、杉さんはご自宅ではどのように過ごされているのでしょうか?今日は、杉良太郎さんとの出会いと結婚、プライベートをお伺いしました。
4月1日(金)「杉良太郎さんと伍代夏子さん」
ご主人の杉良太郎さんは社会福祉活動にも力を入れていらっしゃいます。結婚されてから伍代さんも福祉活動に参加し、今ではふたりのライフワークになっているそうです。東日本大震災の際には、杉さんの今までの活動を知っている方々の協力のもと、タンクローリーで被災地にガソリンを届けることができました。また、お二人の呼びかけで大規模な炊き出しも行いました。最近ではご夫婦でのお仕事も増えてきているそうです。そして最後は伍代さんの今後の夢で〆て頂きました。
<プロフィール>
1987年、CBSソニーレコード(現ソニー・ミュージックレコーズ)より「戻り川」でデビュー。同曲は、35万枚を超すヒットとなり、翌1988年に「第21回日本有線大賞」と「第21回全日本有線放送大賞」の最優秀新人賞を受賞。1990年には「忍ぶ雨」でNHK紅白歌合戦へと初出場し、以来、通算22回(2016年現在)の出場を果たしている。1999年、俳優の杉良太郎と結婚。2012年、厚生労働省より「肝炎対策特別大使」に。C型肝炎を克服した自身の経験をもとに、肝炎の正しい知識と検査受検を広く呼びかけている。 また、諸外国との文化交流にも熱心でこれまで数々の国際交流に貢献しており、その功績が認められ2015年には外務大臣表彰を受けている。