2月1日(月) 「初めて作った歌でデビュー」
高校1年生の時、初めて作った歌「雨の日のひとりごと」でデビューした八神純子さん。
曲を作ろうとしたきっかけは、歌手として参加していた、「ポプコン」こと「ヤマハポピュラーソングコンテスト」。
他の人が作った曲を歌っていましたが、表彰されるのは作詞家や作曲家だけでした。
ならば、自分で曲を作ろうと考えた八神さん。なんと、テスト中に歌詞が生まれます。
曲はもちろん、「雨の日のひとりごと」。
見事、優秀曲賞を受賞し、武道館でオーケストラをバックに歌う機会に恵まれます。
2月2日(火) 「メジャーデビューと、すぐに感じた限界」
八神純子さんは、20歳でメジャーデビューを果たします。
しかし、順風満帆だったがゆえに、すぐに限界を感じてしまいます。
曲のストックもなく、下積み時代もなかったことから、周囲からいろいろと言われることが耐えられなかったそうです。
さらに、「売れなかったら自分のせい」と思い込んでいました。
曲は、メジャーデビュー曲、「思い出は美しすぎて」。
音楽祭で訪れ、魅了されたというチリの思い出が表現されています。
2月3日(水) 「大ヒット曲が持つ力」
八神純子さんの大ヒット曲、「みずいろの雨」。
原宿の歩道橋の上でメロディが浮かんできました。
当時は多忙を極めていたため、作詞は他の方にお願いするのが常態化していました。
レコーディング直前に渡されたという「みずいろの雨」の歌詞ですが、すんなりと受け入れられたそうです。
その歌詞のため、東日本大震災後には歌うことを辞めていた八神さんですが、リクエストが多く、歌うようになります。
被災地を応援しようとして作られたのは、なんと「みずいろのアメ」という塩アメでした。
曲は、もちろん「みずいろの雨」。
被災地で歌うたび、人を笑顔にする力を実感したそうです。
2月4日(木) 「今だから歌える歌」
新たに自分のレーベルを立ち上げた八神純子さん。
自分がやりたいことをとことん突き詰めたニューアルバムをリリースしました。
15年間、活動を休止していたこともあり、今は伝えたいことがあふれてきているそうです。
曲は、アルバムにも収録されている「1年と10秒の交換」。
東日本大震災後、宮城県女川町で出会った女性の話がもとになっています。
「もう一度、大切な人と10秒だけでも会えたら」。
そんな思いが描かれています。
2月5日(金) 「ニューアルバムとこれから」
ニューアルバムをリリースしたばかりの八神純子さん。
今から、コンサートで曲紹介をするのが楽しみだそうです。
去年も数多くのコンサートをこなしている八神さんですが、1曲1曲について、自分の想いを説明しながら曲を歌う機会も持ちたいとのこと。
曲は、アルバムの収録曲「歌が呼んでる」。
デビューしてすぐの挫折から、今の気持ちまでが詰め込まれています。
<プロフィール>
名古屋生まれ。第8回ヤマハポピュラーソングコンテストに「雨の日のひとりごと」で優秀曲賞を受賞し、1978年に「思い出は美しすぎて」でデビュー。「みずいろの雨」「パープルタウン」など多くのヒットを出し渡米。近年日本での活動を積極的に行っている。