今日のゲストは、イラン人研究者あれず ふぁくれじゃはに さんでした。
なぜ、イランとアメリカが犬猿の仲になってしまったのか。その歴史をあれずさんに振り返ってもらいましたよ。
そのざっくりとした背景は・・・
20世紀のはじめイランで油田が見つかり、これを欧米の列強が支配しようとしました。戦前、イランはイギリスの半植民地で油田もイギリス資本で開発。1943年に独立した後も英米のオイルメジャーが中心となり油田の利権を独占していました。
その搾取に対し、油田の権利を主張する国民運動が起こります。そして運動を推進した法律家のモサデク氏が首相となり、1951年、悲願だった油田の国有化が実現したのです。
しかし、それを快く思わなかった英米は情報機関が軍事クーデターを画策。1953年、国民から選ばれたモサデク首相は失脚し、アメリカが庇護するパーレビが国王に復帰します。あれずさんは、「モサデクはイランにとってのガンジーだった」と語りました。
その後、アメリカ寄りの政策と圧政が続くのですが国民の怒りと宗教運動が重なり、1979年、イラン・イスラム革命が起こります。
その中で、パーレビを守ってきたアメリカに対し国民の怒りが爆発。テヘランのアメリカ大使館占領事件が起こり両国の国交が断絶されたのです。