11月21日 月曜日 「子供時代から、おニャン子クラブ結成まで」
埼玉の上福岡(現ふじみ野市)のベッドタウンで生まれ育った新田さん。お金をためるのが好きな(不思議な?)子供だったとか。一生懸命バイトして貯めたお金で高2の時に北海道に旅行に行くなど、堅実だった新田さん、おニャン子クラブに入ったきっかけも、ずばり「日給5000円」に惹かれたからだそう。しかし当初は、他のおニャン子メンバーは洗練された都会の子ばかりで、ベッドタウン育ちの新田さんは着いていけず、同じ境遇の中島美春さんと一緒に、辞めることばかり考えていたそうです。ところが・・・
11月22日 火曜日 「おニャン子のブレイク、国生さゆりさんとの確執」
メンバーが喫煙事件で脱退となり、人数が減ってしまったおニャン子クラブ。
責任感の出てきた新田さんは辞められなくなり、直後に「セーラー服を脱がさないで」がリリースされ大ヒット。環境がすっかり変わってしまいました。
そして同じ主要メンバーの国生さゆりさんとの確執。バイト気分の自分とは違い、完全プロ志向の熱い国生さんとは全く接点がありません。不仲説も流れた2人は、今ではすっかり仲良しだそうですが、当時、メラメラとライバル意識を燃やしていた国生さんを、新田さんはどのように思っていたのでしょうか。詳しくお聞きしています。
11月24日 木曜日 「引退、復帰、そして結婚」
精神的にもすっかり疲れてしまった新田さんは、1990年に芸能界を引退します。
半年間は、旅行や飲み歩き、ライターへの修業など、今までできなかったことをして楽しんだ新田さんですが、やはり自分の引き出しを多く持ちたいと、芸能界に復帰します。
そして、ご主人との出会い。最初のデートで新田さんが彼のことを好印象だと思ったポイントは、「業界の人なのに、領収書をもらわなかったこと」。これ、深いですよ!
11月25日 金曜日 「『アイドルとつきあう方法』そして、四十路のおニャン子たち」
今年の7月に初の小説「アイドルとつきあう方法」を上梓した新田さん。本にも書いてありますが、アイドルと付き合うためのいくつかのポイントをお話しいただきました。また、昔のおニャン子と同じように、いま大活躍しているアイドルグループAKB48について、新田さんは非常にプロ意識が高い、と感心しています。
いまは四十路になったおニャン子メンバーたち。12月19日に、噂の国生さゆりさんと一緒に人生初のディナーショーも控えています。昔のおニャン子メンバーと一緒にいると、あっという間に10代のキラキラしたころに戻れるという新田さん、今後の抱負についても伺っています。
<新田恵利>
1968年、埼玉県生まれ。
★代表作品
セーラー服を脱がさないで (シングル)(1985)
冬のオペラグラス (シングル)(1986)
ちょうちん (映画)(1987)
ノン子36歳(家事手伝い) (映画)(2008)
~など多数。