7月13日 ゲスト:羽佐間正雄さん
◆テーマ
『オリンピック実況の裏側と
V9監督・川上哲治の素顔
―― 羽佐間正雄さん 』
ゲストは元NHKアナウンサーで
スポーツジャーナリストの羽佐間正雄さん。
オリンピックの実況は夏・冬あわせて
日本人アナウンサー最多の11回。
1987年には、外国人で初めて
「全米スポーツ・キャスター協会賞」を受賞された
羽佐間さんをお迎えして、オリンピックや
親交の深い元巨人監督・川上哲治さんとのエピソードを
お聞きしました。
▲スケッチブックの言葉について詳しくは こちら
(画像をクリックすると拡大します)
■印象に残るオリンピック実況 ベスト3
羽佐間正雄さんが初めてオリンピックで
実況を担当したのは1964年の
東京大会。
11大会の中で
「ベスト3」を挙げていただきました。
◆第3位 ミュンヘン大会:偽ショーター事件
1972年 ミュンヘン大会の
マラソンで、
先頭のフランク・ショーター
(アメリカ)が
ゴール目前、競技場に入ってきたと思ったら・・・
「ショーターが入ってきました!」と実況した
羽佐間さんでしたが、モニターを確認して・・・
羽佐間 「あれ?!違うな、これは――と瞬間、思った」
その人物は一般の高校生。
しかし、前年の福岡国際マラソンを優勝した
ショーターの顔を知っていた
羽佐間さんは
「これはショーターではありません」と好判断。
◆2位 ロサンゼルス大会:モーゼスの選手宣誓
1984年 ロサンゼルス大会の開会式で選手宣誓を務めた
400mハードルの
エドウィン・モーゼス(アメリカ)は
緊張のあまり、言葉を詰まらせてしまいます。
一度、二度・・・失敗を繰り返したモーゼスは、
そこで
ニタッと笑みを浮かべました。
それにより心が落ち着いたのか、三度目は無事成功。
羽佐間 「あそこで笑顔が出たというのが
すごい実力者と(思いました)」
その後、取材陣に囲まれたモーゼスは
“誰もうまくしゃべると思ってない。
金メダルは取るが、しゃべりの金メダルは必要ない”
とコメント。
競技では見事、有言実行の優勝を飾りました。
◆1位 東京大会:棒高跳び 月下の死闘
1964年 東京大会の
棒高跳び 決勝は
フレッド・ハンセン
(アメリカ)と、
ヴォルフガング・ラインハルト
(西ドイツ/当時)とが
昼の1時に始まり、夜の10時過ぎまで
実に
9時間7分にも及ぶ死闘を繰り広げました。
そしていよいよクライマックスへ――。
試技を行う直前のファイナリストの顔が
画面にアップで映し出されると、
そこには“緊張”のかけらもない
ハンセンの穏やかな表情がありました。
羽佐間 「こんな大事なときに、実に平穏な表情なんですよ」
アメリカは『棒高跳び』では
第1回大会から連勝記録を更新中。
負ければ伝統が潰える、という場面でも
ハンセンは何事もないかのように走り出し・・・
羽佐間 「スーっと出て行って、
トーン!と突いて、グーっと上がって、
ヒラリと超えたときに
大歓声が湧き上がりましたよね」
直後、ラインハルトは失敗し、
アメリカの15連勝が確定!
なお、9時間を超える実況で困ったのは
空腹だったそうです。
■松山商業 対 三沢 引き分け再試合の決勝戦
1969年の高校野球 夏の甲子園大会 決勝戦
松山商業 対 三沢
延長18回引き分け再試合の末の
2日間の死闘を実況した
羽佐間正雄さん。
その後、寄せられた質問の中でもっとも多かったものが
トイレはどうしたのか?――というもの。
羽佐間 「トイレなんか一回も、行こうと思いませんでした」
真夏のデーゲーム――
羽佐間さんは麦茶を何杯も飲んだそうですが
水分は汗で流れ出たのでしょう。
また、試合に集中していたことで
トイレに行きたくなることはなかったとのこと。
羽佐間 「実況もああなると、
“無の世界”にはまり込んでいくんじゃないかな」
なお、再試合の末に敗れた
“元祖アイドル球児”
太田幸司投手の母校・三沢高校を訪れた
羽佐間さんは、成績表を見せられてビックリ!
400人ほどの学年で成績トップだったそうです。
■羽佐間正雄さんの最新情報
■新刊『巨人軍V9を成し遂げた男』(発売中)
(ワック/1,400円+税/2013年4月発売)
この日の放送でもエピソードを伺った、
羽佐間との親交が深い、元巨人監督・
川上哲治さんの
ヘッドコーチ就任から、監督、解説者時代までを綴られた
『巨人軍V9を成し遂げた男』が発売されています。
羽佐間正雄さんの経歴、著書などについては
オフィスカノンのウェブサイトをご覧ください。
■ペリー荻野の怪傑!暴れん坊将軍
今週は
アロハシャツで登場――
時代劇に限らず“地名入りシャツ”を収集している
ペリーさんが、この夏の季節には特にピッタリ
ベンチャーズをはじめ、寺内タケシ、加山雄三といった
“エレキインスト”をフィーチャーする若手実力派バンドの
B.C.V.をご紹介しました。
「B.C.V.」は
Bing Conception with The Venturesの略。
※ビン・コンセプションは、1960年代にベンチャーズが来日した際に
軽妙なトークで盛り上げたフィリピン人司会者
2007年5月、ギターの
小山将平さん、
ドラムスの
浅賀光太さん、
ベースの
西間木 陽さんの3人で結成し、
リズムギターの
加藤大清さん、17歳の
南條耕平さんを
サポートメンバーとして加え活動しています。
ペリー 「平均年齢は26歳“ぐらい”。
南條さんが入ると、平均年齢が下がるんです」
ペリーさんが先日、東京・北区赤羽の
「Live&Cafe mojohand」(モジョハンド)で行われた
ライブに伺うと、そこにはよく知っている人物が・・・
B.C.V.ライブの常連、
弘兼憲史さんでした。
弘兼 「実は前から彼らの大ファンで、
ライブには何度も行ってるんです」
同世代の人は、誰もが
エレキを手にした若い頃・・・
18歳の頃から、
ベンチャーズのライブを追いかけていた
弘兼さんが
B.C.V.を応援するのも
自然な成り行きだったようです。
ライブ会場には、50~60代の男女が押し寄せ
毎回、熱気ムンムンの大盛況★
(女性客の声)
「若いのに、私達の世代の曲をやってくれるのがいいな♪」
小山 「“エレキインスト”を・・・
話が大きくなりますけど
“歌舞伎”みたいな気持ちでやっていまして、
今後50年、100年・・・次の世代にも
ベンチャーズが続いていけばいいなという感じで
エレキインストにこだわってやっております」
弘兼 「たしかに彼らがエレキをやってくれないと、
僕らの世代で終っちゃうと悲しいですからね。
彼らはすごいテクニックです」
B.C.V.に大きな影響を与えた
ベンチャーズは、
B.C.V.のライブに来場したことがあるばかりでなく、
今年6月に発売されたニューアルバムには
西間木さんが作曲した
B.C.V.のオリジナル曲が
2曲収録されています。
唐橋 「認められたんですね」
ペリー 「新しい感じで弾きながらも、
いい曲をセレクトしていてすごいですね」
弘兼 「特に小山君はうまいですね。
キレがすごいです。
南條君も、早弾きやりますからね。
見てても楽しいです」
様々な弾き方で
隠し芸的な要素もある(!)
パフォーマンスも楽しい
B.C.V.のライブを
体感してみてください。
ペリー 「私が時代劇好きだと知ったら
『暴れん坊将軍』の曲もやってくれて
なんてレパートリーが広いの!」
B.C.V.について詳しくは
B.C.V.のウェブサイトをご覧ください。
赤羽のライブハウス「Live&Cafe mojohand」については
こちら
■お送りした曲目
◆ゆけゆけ飛雄馬 / アンサンブル・ボッカ、ジ・エコーズ
(弘兼セレクション)
◆古城 / 三橋美智也
◆マサチューセッツ / ビージーズ
◆黄昏のビギン / 水原弘
◆Flight of Bumble Bee / B.C.V.
◆夏なんです / はっぴいえんど
◆ふりむかないで / ザ・ピーナツ
(RN・ゼベットじいさんが初めて買ったレコード)
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羽佐間正雄さんの名言・好きな言葉はこちらをご覧ください。
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2013年07月13日