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11月17日 内海桂子師匠の名言
■内海桂子師匠の好きな言葉
『我 人に辛ければ
人 又 我に辛らし』
(画像をクリックすると拡大します)
職人だった義理の父が年中
そういうことを言ってたんですよ。
私に教えてくれたのね。
弘兼 「絵が“ダルマ”ですね」
今村恒美先生が
『漫才は二人だから。二人で一つだ』って。
弘兼 「書き方を教えていただいたわけですね」
そうそう。
(その時は)ちゃんと筆で書いたんですけど。
弘兼 「女性の方に頬紅があるんですが
実はこの頬紅、
師匠が唇から、口紅をつけたのを
指でポンポンと押されたという・・・」
それはね、まぁ、ほかにないからやったんだけど、
ないよりはいいでしょ。
■団塊ホームルーム ~ ゲスト・クエスチョン
◆ 内海桂子師匠への10 Questions ◆
Q.好きな食べ物を教えてください。
A.「何でもいただく主義」
Q.苦手な食べ物を教えてください。
A.「食べきれないと思うと手をつけない」
弘兼 「量が多いと“苦手”になっちゃいますね」
Q.今年のクリスマス。
サンタクロースにプレゼントして欲しいものは、何ですか?
A.“さんざん苦労”しているから
「いただくものは何でもけっこうです」
Q.カラオケでよく歌う、十八番の楽曲を教えてください。
A.『木遣くずし』
歌謡曲なら『涙の渡り鳥』
Q.もう一度、会いたい人は、誰ですか?
A.“もう一度会いたい”ねぇ。
男はいっぱいいましたから。
今いますから、今不自由してませんから。
けっこう、役に立ってるんですよ。
Q.タイムマシーンがあります。
行ってみたい時代は、いつですか?
A.「昭和30年何年くらい」かな。
Q.お酒の席での失敗談を教えてください。
A.「失敗はあまりないね」
Q.100歳までに叶えたい夢を、聞かせてください。
A.「漫才がやりたい!」
Q.長年、連れ添っていらっしゃるご主人へ。
やめて欲しいことは、何かありますか?
A.「ない」ですね。
あまり手出ししませんから。
Q.芸能界に入っていなかったから、
どんな職業を選んでいたと思いますか?
A.なろうと思ってなった漫才じゃないんですよね。
小学校3年で奉公に出されてんだから
(将来の職業を)考える暇ないですよ。
■内海桂子師匠が初めて覚えたかった歌
◆涙の渡り鳥 / 小林千代子
(1933年/昭和8年公開 映画『涙の渡り鳥』主題歌)
当時、まだ(年齢が)十いくつですからね、
あの辺、レコード屋があるでしょ。
昔はレコード屋のところに
歌詞カードがぶら下がってる。
それを取っちゃ、大人の人もみんな聴いてた。
その中に入って、若旦那を連れて
遊びに行くようなフリしてレコード会社の前へ。
あの時分は『涙の渡り鳥』。
♪雨の日も 風の日も ・・・
2012年11月17日