3月12日のゲストは
漫画家の
しりあがり寿さん。
多摩美術大学出身のしりあがり寿さん
武蔵野美術大学出身の中島信也さん、
ともに美大卒業の二人は
芸大・美大受験予備校
「すいどーばた美術学院」の
先輩後輩の間柄。
しりあがり寿さんは多摩美卒業後
入社したキリンビールで
パッケージデザインや広告宣伝を
担当されたこともあり
CMディレクターの中島さんとは
立場が異なるものの、
同じ広告の世界で仕事をされました。
放送では、会社を辞めたワケや
しりあがり寿さんが中学生時代に
10回くらい観たという
映画『小さな恋のメロディ』の思い出、
朝日新聞夕刊に連載中の
『地球防衛家のヒトビト』における
新聞連載漫画の創作の裏側、
東日本大震災後のボランティア活動、
最近取り組まれている芸術作品
などについて伺いました。
■ サラリーマンを辞めたワケ ■
キリンビール会社員時代にも
漫画家として活動されていた
しりあがり寿さんは
入社から13年、36歳で退社。
「憧れの糸井重里さんが来てくれて
説明(プレゼン)してくれる」
こともあったという広告宣伝の仕事が
「面白かった」ため、
会社を辞めて漫画家に専念する考えは
当初はなかったそうですが、
36歳――いよいよ仕事で脂が乗る頃に
退社したワケとは・・・
(しりあがり寿)
「管理職はダメなの。
部下を叱れないし、
変な部下(が)入ってきたら
どうしたらいい?」
(小尾)「しりあがり寿さんが
怒鳴ってる姿とか
想像できないかもしれない」
「叱れない」というしりあがりさんでも
「父親」として子どもを
叱らなければならない場面もありますが
その時は・・・
(しりあがり寿)
「『ダメだよ~』って言っちゃう」
▲笑い過ぎてのけぞった中島さんはフレームアウト
■ 震災と作風の変化 ■
しりあがり寿さんは東日本大震災後
高校の友人からの要請に応じて
訪れた岩手県で
様々なボランティア活動を体験。
また、震災の年に出版された
『あの日からのマンガ』は
文化庁メディア芸術祭マンガ部門で
優秀賞を受賞。
震災後、創作活動において
どのような変化があったのでしょうか。
(しりあがり寿)
「それまでバッドエンドの
漫画ばっか描いてきて、震災が起きて
それが現実になった気がしてね、
ここから先は『希望』
『こうなったらいいな』というのを
描きたいなと思ったんですけど、
全然まだ描けてないというか、ね」
「『面白い』とか『楽しい』は
大切なことだけど
それだけじゃないというか、
『パンとサーカス』でいう
『サーカス』だけじゃ
まずいだろう、と。
でも、何ができるかは
わからないね・・・」
被災地支援を続けている
しりあがり寿さんは去年
岩手県で漁師をされている方に
漫画家の先生方がデザインした
富来旗(大漁旗)を贈呈。
また、2012年から福島県で
「福島クダラナ庄助祭り」を開催。
(しりあがり寿)
「50組くらいの、いろんな人達が
ライブをやったり、
最後はみんなで酒を飲む
というイベントなんですけど」
"一日だけでもあの日を忘れたい"
"クダラナイことで
思い切り盛り上がって、
まるであの日がなかったかのように
騒ぎたい"
という声が届いて・・・
(しりあがり寿)
「それだったら、何かできるかな、
面白いな
ということで始めたんだけど、
忘れるのはいいけど、
最近ちょっと忘れ過ぎだな
みたいな感じがしてね、
『意地でも続けよう』みたいなね」
(中島)「続けるということは
忘れない
ということやからね」
■ 回転の芸術 ■
現代アーティストとしても活躍される
しりあがり寿さんは、
絵画やオブジェを文字通り
"回転"させる個展を開催されています。
(しりあがり寿)
「こう言うと怒られると思うんだけど
『回る』と、モノって芸術度が
アップするような気がしたんですよ」
(中島)「間違いなく。
花瓶でも、もし回ったら
芸術度 上がるよ」
(しりあがり寿)「3%くらいはね、
上がると思うんです。
芸術度が(笑)」
『瀬戸内国際芸術祭2016』
(香川県坂出市沙弥島)では
神戸芸術工科大学の一員として
赤いネジを 回すそうです。
詳しくは こちら
■ しりあがり寿さんの最新情報 ■
■『しりあがり寿の現代美術 回・転・展』
■期間:2016年7月3日~9月4日
■会場:練馬区立美術館
詳しくは こちら
(しりあがり寿)
「『かいてんてんてんてん』
とも読みます。
(これまでの)集大成。全部回したい!
美術館も回したいし『働いてる人も
回っててください』って
言ったんだけど、それは無理みたい。
回せる範囲で回します。」
しりあがり寿さんの最新情報は
ほーい! さるやまハゲの助:
しりあがり寿オフィシャルサイトを
ご覧ください。